AIでつくる指標が、イノベーションを生む可能性がある
AIでつくる指標が、イノベーションを生む可能性がある
イノベーションとは、新しい指標を見つけることである
「球速160Km越える剛速球投手」
「大手企業就職率98%の学校」
「定時運航率90%越えの空会社」
こんな数字を前面に出したPRメッセージがあります。数字で表現されるPRポイントは、差別化戦略の武器として強力です。たとえ世界や日本でナンバーワンでなくても、「関西地区トップ」とか、「高校生ナンバーワン」というように範囲を限定することで、高い評価をアピールできます。
これら数値で優位性をアピールすることは、ひとつのマーケティング手法です。しかし、その数値が、業界全体を変えるようなイノベーションに発展することがあります。
「イノベーション」については、技術革新や顧客創造、新市場の開拓など、さまざまな形で定義されています。
しかし、これまで存在しなかった指標を見つけることも、イノベーションの一形態と捉えることができます。(参考記事:「イノベーションとは、これまでなかった指標を見つけること!」
技術的進歩によって初めて計測可能になった新しい指標や、従来から存在していたにもかかわらず注目されてこなかった指標の再発見が、革新を生み出すことがあります。とりわけ、計測技術やAIの進歩が、様々な事象の数値化を可能にし、新しい指標を生み出します。
例えば、野球で投手のボール速度や回転数が計測できるようになり、選手の評価が数値化できるようになりました。更に、選手が練習において数値データを活用し、大幅な技術向上がはかられています。実際、NPBの平均球速は、2012年の140.4Km/hから、2024年には146.8Km/hに上昇しています。(やきゅうまるブログから)今や、野球界では投手の球速が、選手の評価、トレーニングにおいて、重要な指標となっています。
スポーツに限らず、新しい指標は顧客価値を再定義し、業界の競争軸を変える力を持つ、重要な経営ツールとなり得ます。経営者や管理者が、顧客や経営者の視点から、有効な指標を見つけ出し、その指標における目標を定め努力することが、重要です。その結果が、経営上大きな成果があげることができたら、イノベーションと呼ぶことができます。
例えば、アマゾンの到着予測誤差、宅配業界の再配達率、飲食業の衛生指数は、新しい指標の代表例です。
この記事では、新しい指標とイノベーションとの関係について考えます。
イノベーションの実例:新しい指標が業界を変えた
新しい指標が、どのように顧客価値と業界構造を変えたかを、アマゾンと宅配業界を例に紹介します。
アマゾンの「到着予想誤差」
アマゾンは配送の速さそのものではなく、「到着予測誤差」という確実性の指標を打ち出しました。従来の配送予定は「午前中」「14〜16時」といった大まかな時間帯指定にとどまっていましたが、アマゾンは数分単位での到着予測を提示し、その誤差を極小化する仕組みを構築しています。具体的な誤差値は公表されていませんが、利用者の体感としても高精度な着荷予測が実現しているとされます。この指標がもたらした影響は両面にわたります。消費者側では「荷物を待つために予定を空けておく」という拘束から解放され、生活の自由度が高まりました。企業側では、不在による再配達の発生を未然に減らせるため、配送効率が上がり、人手不足が深刻化する運送業において限られたドライバー資源を有効活用できるようになりました。
この「到着予測誤差」という考え方は、タクシーや船舶、トラックの予想到着予測にも応用が広がっています。AIが渋滞や天候、顧客行動を学習することで誤差を極小化し、顧客満足と運送効率を同時に高めることが期待されています。
宅配業界の「再配達率」
宅配業界全体でも、「再配達率」という新しい指標は、この十年で大きな変化を生みました。国土交通省が実施する「宅配便再配達実態調査」によると、再配達率は2017年頃には15〜16%台でしたが、2020〜2022年には11〜12%台へと改善し、2024〜2026年には8〜9%台まで低下、最新値(2026年4月調査)は約7.6%となっています。十年前の約15%から現在の7.6%へと、ほぼ半減したことになります。この改善の背景には、置き配や宅配ボックスの普及、時間帯指定・事前通知の高度化、EC事業者と宅配事業者の連携強化、そして国の政策的後押しがありました。
再配達率の低減は、消費者にとっては、荷物を確実に受け取れる手段の選択肢が広がり、受け取りにまつわるストレスが軽減されます。企業にとっては、再配達に伴う燃料費・人件費という無駄なコストを削減できただけでなく、業界全体で「再配達率」という共通の物差しを持ったことで、各社が改善の進捗を比較・競争できるようになったことが大きな意味を持ちます。指標の可視化そのものが、業界を動かす原動力になりました。
AI時代の新しい指標の可能性
AI時代に入り、これまで測れなかった事象を数値化し、新しい指標を生み出す可能性が増しています。以下、いくつかの予想される事例を考えます。
「自動化率(AI化率)」
今後、タクシーの自動運転、無人工場などに代表される、いわゆる「現場作業」の自動化が拡大していきます。自動化は、そのまま企業の競争力に直結します。どこまで自動化(AI化)を進めているかという指標は、会社の評価そのものになります。
更に自動化率を、生産現場やお客様と接する部門、管理する部門、開発部門など部門ごとに分けて数値化すると、また違ったポイントが見えてくる指標になります。
従来投資は、ROI=Return On Investment(投資収益率)で評価していましたが、私の造語ですが、ROA=Return On AI-Investment(AI投資回収率)で評価すべきかも知れません。
今後、フィジカルAIが普及すると、従業員数という指標も、(従業員+フィジカルAI)の数字に置き換わるのではないでしょうか。
「完了予想誤差」
どんな仕事にも納期があります。納期に向かって、製造や輸送の計画が作られ、予想した日時に仕事が完了することが重要です。しかし、完了日時を予測することは、その仕事(プロジェクト)が長期であったり、複雑であったりすればするほど、困難になります。従来の技術では、「完了予想日時」に影響を与える要素が多く複雑で、とても管理するなど不可能でした。ところが、AIにより、これができる可能性がでてきました。
私自身、数百億円規模、工期が5年以上かかる工場建設などのプロジェクトマネージャーを経験しました。その時、最も重要な仕事は、予定完成時期を守ることでした。予算を守ることも重要ですが、完成が遅れることが、工事費が膨らむ最大の原因です。優秀なプロジェクトマネージャーかどうかは、「工期が守れるかどうか」、言い換えると「完了予想誤差」を最小にできるかで評価できます。
プロジェクトマネージャーは、工期を守るために、様々なことに目を配ります。例えば、工事関係者のうち、管理能力の低い者(会社)には、より重点的に注意を払います。不安のある技術(会社)は、避けたり、検証時間を多く取ったりします。また、工事に影響を与える天候にも考慮するといった具合です。これらは、従来のプロジェクト管理のソフトウエアは、情報を整理することしかできず、完了時期予想など不可能です。そこで、プロジェクトマネージャーのコツ(ノウハウ)として、工期の余裕(3年なら3か月程度)や、予算の5~10%を予備(コンティジェンシー)として、こっそり持っていました。今後、AIを装備した納期管理システムが実用化されれば、より精度の高い完成予測ができ、これを評価基準にすることができると考えられます。
最近の鉄道、原発など、国家的プロジェクトの計画・工事遅れなど、残念な事例が目立ちます。国として、「完成予想誤差」がミニマム化することを期待したいものです。
これらの指標に共通するのは、いずれも従来は「人の勘や経験」に頼っていた領域を数値化している点です。数値化された瞬間、それは比較可能な経営指標となり、業界内の競争軸として機能し始めます。
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まとめ
イノベーションとは技術革新そのものだけではなく、これまで存在しなかった指標を見つけることによって顧客価値を再定義し、業界構造を変える行為でもあります。
アマゾンは「確実性」という新しい指標を生み出し、宅配業界は「再配達率」という新しい指標を生み出しました。AI時代は曖昧な事象を数値化し、見えなかったものを可視化する力を持つため、新しい指標を生み出しやすい時代です。
企業管理職や経営者に求められるのは、自社の価値を再定義する新しい指標を見つけることです。その指標は、次の十年の競争力を決める鍵となるかも知れません。
参考記事:差別化できていないビジネスモデルイノベーションは成功しない
