人材育成で、「強みを伸ばす」か、「弱点克服」かは、状況次第
人材育成で、「強みを伸ばす」か、「弱点克服」かは、状況次第
人材育成で、「強みを伸ばす」か、「弱点克服」かは、状況次第
「人を育てるには、褒めて『強み』を伸ばしましょう」
最近は、そんな教育論が広がっています。会社などの組織においても、
「差別化した『強み』を伸ばせば、成果が出る」
などといった経営論が盛んです。
「『強みを伸ばす教育」をしています」
と言えば、前向きで明るい印象を与えます。教育現場で、「弱点克服」を強調すると、スパルタ式の厳しいイメージが浮かび、パワハラを誘発しそうに思えるのか、教育者も敬遠しがちです。
「弱点克服」の指導が、パワハラになるか、イジメになるかは、指導法の問題です。明るく、楽しんで「弱点克服」する手段もあります。
人材育成にあたって、「強みを伸ばす」か「弱点を克服するか」は、状況によります。その人、その組織の置かれた状況が、「攻撃的」なのか、「守備的」なのか、ということです。「攻撃的」とは、自分から始動する立場です。「守備的」とは、受け身の立場のことです。
プロ野球選手を例に考えてみます。投手は、ゲーム上は守備側ですが、自分からアクションをするということで、「攻撃的」な立場です。得意なもの(「強み」)を伸ばすことで、成績を上げられます。直球が速い、コントロールがいい、鋭いフォークボールが投げられるといった「強み」が必要です。何か1つ「強み」を持っていれば、投手として何とかなります。2つ以上持っていれば、一軍に定着できるでしょう。
一方、ゲーム上は攻撃側でも、打者は、「受け身」です。自分からゲームを動かせない「守備的」状況に置かれています。この打者は、「内角球が打てない」、「フォークボールが打てない」と分かると、相手投手はそのポイントばかりを責めてきます。打者は、弱点を克服して、その球を打てるようになるか、せめてファールにすることができなければ、選手として消え去るしかありません。
人を育てる、組織の成績を上げるために、「強みを伸ばす」か、「弱点克服」に集中するかは、状況が「攻撃的」なのか、「守備的」か、によって決まります。
1)「守備的状況」では、「弱点克服」に努める。
2)「攻撃的状況」では、「強みを伸ばす」。
これが、成功の原則です。これを取り違えては、人材教育や会社経営において成果は期待できません。最近は、教育論も経営論も「強みを伸ばす」ことを強調した指導論が多くなっていますが、成果の上がる指導とは、状況が「攻撃的」なのか、「守備的」なのかを正確に見極めるところから始まります。
「守備的状況」では、「弱点克服」に努める。
「守備的状況」には、2種類あります。
1)ルールが「弱点克服」を求めている
2)弱いところが全体に影響するもの
ルールが「弱点克服」を求めている
ルールとして、「弱いところで全体が決まるように決められている」場合、「弱点克服」が必須です。例えば、スピードスケートのパシュート(団体追い抜き)は、3人の選手の内最後のゴールした人のタイムで決まるルールです。「弱点」を言われる選手をつくらないことが勝利を呼び込みます。
資格試験では、数科目の試験があり、それぞれの科目に基準点に1科目でも満たなければ、合格しないという試験方法が多いものです。1科目を除いて、全て満点でも合格にならないのですから、苦手科目の克服に力を注ぐ必要があります。
大学入試の場合は、複数科目の合計点で合否が決まります。例えば、3科目の合計点で合否が決まる入学試験があるとします。2科目も得意でも、あと1科目は不得意なとき、受験の指導者は、不得意科目を集中して勉強することを勧めます。なぜなら、得意科目をいくら勉強しても満点以上は取れません。ところが、不得意科目の伸び代は大きく、総点数が稼げるからです。更に100点満点で、80点を20点引き上げるより、30点を20点引き上げて50点にする方が、効率がいいからです。
資格試験や大学受験における勉強法は、「弱点克服」が、理にかなっています。
弱いところが全体に影響する、機械設備や安全管理
機械設備、システムを作るとき、たった1つの不良部品、たった1行のプログラムミスで、全体が誤操作したり、動かなくなったりします。これらは、
「弱いところで、全体が決まる」
という事例です。
特に機械を止めてその場で修理できない宇宙ロケット、超高温の炉などは、一つの「弱点」が命取りになります。米国の博物館で、アポロ計画で実際に使われた「チェックリスト」が展示されているのを見たことがあります。これは、リストのごく一部でしたが、厚さ1センチをあろうかという手帳サイズのノートにびっしりチェック項目が書かれていました。説明には、「打ち上げ前、地球軌道上、月へと向かう途中、月周回軌道・・・で、飛行士が確認した結果が記されている」とありました。同様なチェックリストは、巨大な工業プラントなどの管理でも使われています。
製造工場などでは、たった1つの「まさか」から、事故がおきてしまうことがあります。たった一人の不用意な行為や設備不具合で、事故は起きます。例えば
「動いている機械にうっかり手を出した」
「腐食した床を踏み抜いた」
といったことです。安全を確保するには、人、設備、システムなどの「弱点」を潰していくことが重要になります。
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「攻撃的状況」では、「強み」を伸ばす。
日本経済が低迷し、その原因を企業戦略や人材育成に求めていくと、「強みを伸ばすこと」が重要との認識になります。また、
「受験勉強がトラウマになって、日本人は『弱点克服』主義から、抜け出せない」
との批判が背景にあって、余計に「強みを伸ばせ」論が起きているかも知れません。
今、日本経済の閉塞感を打ち破るためには、「強み」を伸ばす戦略が必要です。いわば、「攻撃的状況」をつくりだす必要があると言えます。自分から始動し、主導権を握ることが日本企業にできていないのが、日本経済低迷の理由の1つでしょう。
起業したり、新規事業を始めたりするとき、完璧を追及して行動が遅くなるようでは、成功の確率を下げることになります。DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるためには、たとえ当初は、不完全でも「強み」を活かしたモノやサービスを速やかに提供することが大切といわれています。
様々な分野において、新規参入したり、人材として成功したりするには、「強み」を伸ばすことが重要です。人も組織も「弱み」を拾い上げれば、キリがありません。新参企業、新参者は、数え切れない数の「弱み」を持っていて、それら弱点をすべて克服することは無理です。それより、「強み」を活かす方が、成功の可能性が高いのです。
「起業が新市場に参入する」「リーダーとして人材を育成する」といったことは、「攻撃的状況」です。こんな状況では、「強みを伸ばす」ことが有効でしょう。
ところで、「強み」とは、相対的なものです。必ずしも日本一、世界一の「強み」である必要はありません。地域一番の店、社内一の人材であれば、十分です。「強みを伸ばす」とは、勿論組織や人物の能力を上げることではありますが、「強み」として優位に立てる範囲(ドメイン)をつくり出すことでもあります。
「弱み」を見つけるのは、簡単です。優良企業や成功した人と現状を比較すれば、「弱い」ところは、すぐ見つかります。経営者や教育者は、「弱点克服」に注目し易くなるのには、そんな理由があります。政治や社会を批判するマスコミも日本の「弱点克服」に論調が偏りがちです。一方、「強み」を見つけ、「強みを伸ばす」のは、簡単ではありません。経営者や教育者としての本当の能力が問われるのは、「強みを伸ばす」ことではないかと思います。
まとめ
人を育てる、組織の成績を上げるとき、「強みを伸ばす」か、「弱点克服」に集中するかは、状況が「攻撃的」なのか、「守備的」か、によって決まります。
1)「守備的状況」では、「弱点克服」に努める。
2)「攻撃的状況」では、「強みを伸ばす」。
これが、成功の原則です。最近、教育論も経営論も「強みを伸ばす」ことを強調した指導論が多くなっていますが、成果の上がる指導とは、状況が「攻撃的」なのか、「守備的」なのかを正確に見極めるところから始まります。