イノベーションの定義と中小企業における「イノベーション経営」
イノベーションの定義と中小企業における「イノベーション経営」
イノベーションに関する疑問
「日本経済の停滞は、イノベーションがないから」
「日本には、イノベーションを起こすベンチャー企業がない」
そんな、「イノベーション」に関する言葉を耳にします。政府や企業にも、経済活性化の為にイノベーションが必要との認識があります。しかし、企業人、とりわけ中小企業の経営者にとって
「そもそもイノベーションとはなに?」
「イノベーションを経営にどう取り入れるの?」
という疑問が湧いてきます。これらイノベーションについて、考えてみましたのでご紹介します。
イノベーションとは?
「イノベーション」は、1912年にオーストリア出身の経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターが、著書『経済発展の理論』の中で初めて紹介した概念です。
日本では、1958年の経済白書が「イノベーション」を「技術革新」と翻訳紹介して広く定着しました。その結果、「イノベーション=技術革新」と理解され、
「技術革新がないとイノベーションを起こせない」
という考え方が広がりました。多くの日本企業は、
「技術革新こそ次の成長に繋がる」
と技術開発を進めたのですが、必ずしも新技術が企業の業績向上に繋がらず低迷しているのはご承知のとおりです。一方、米国ではGAFAを始め、多くのイノベーション企業が誕生しています。これらの企業が必ずしもオリジナルの先端技術を開発したわけではありません。様々な技術を組み合わせたり、技術に対する視点を変えたりして、イノベーションを起こし、世界的な巨大企業に発展しています。単純に「イノベーション=技術革新」という考え方ではないことが分かります。
シュンペーターは、イノベーションについて、「ニューコンビネーション(新結合)」という言葉を使っていました。そして、
「イノベーションとは既存知と既存知の新結合である」
と定義しています。 シュンペーターは、「イノベーション」を下記のように5分類しています。この内どれか1つでも当てはまれば、イノベーションであると述べています。
1)プロダクション・イノベーション(製品)
プロダクション・イノベーションとは、新たな顧客創造を実現する新商品、新サービスのこと。新技術で作られた商品もあれば、既存の技術を組み合わせた商品(こちらの方が多い)などです。
2)プロセス・イノベーション(生産)
プロセス・イノベーションとは、業務効率や生産性を高めるイノベーション。AIやIT技術の導入、工場の自動化や無人化などがその例です。ライバルよりも低コストで高品質の商品・サービスを提供することがプロセス・イノベーションの基本です。
3)マーケット・イノベーション(販売)
マーケット・イノベーションとは、ネット通販に代表されるような販路の最適化、販売環境の向上、潜在顧客発掘のための情報発信推進等の取り組みのことです。潜在的な顧客にモノやサービスを知ってもらい、ストレスなく購入できる環境を整えることです。
4)サプライチェーン・イノベーション
サプライチェーン・イノベーションとは、モノやサービスの供給網(調達→生産→販売→消費)を最適化することです。サプライチェーンの全体コストを下げる、或いは、消費者情報をサプライチェーンの最適化に活用する等の取り組みがあります。
5)オーガニゼーション・イノベーション(組織)
オーガニゼーション・イノベーションとは、前期した4つのイノベーション戦略を実現するための組織革新のことです。社内の情報共有や業務効率を高める組織革新、或いは、業務提携、フランチャイズ、外部組織との連携による事業強化です。
企業の成長過程と経営方法
企業経営法は、企業の成長過程である創業期、成長期、安定期、停滞期、衰退期などで手法が異なります。経営手法は、3つに分類できます。
1)ストレッチ経営
ストレッチ経営とは、企業規模の拡大です。従業員を増やす、設備を増やす、チェーン店を増やすといった方法です。企業の創業期や成長期には有効な手法です。
2)シュリンク経営
シュリンク経営とは、事業が衰退期を迎えたとき、従業員を削減する、設備を統合するといった手法です。いわゆるリストラです。
3)イノベーション経営
イノベーション経営とは、製品、生産、販売、サプライチェーン、組織の内、いずれかの「やり方」を変えていく経営です。企業の創業期や新規事業の立ち上げ期の手法と思われがちですが、事業が停滞期に入った時こそ必要な方法です。
実際には、明確に3つの方法があるわけではなく、これらの方法を状況により組み合わせて経営が行われています。イノベーション経営をしながら、ストレッチをしたり、シュリンクをしたりということです。
中小企業の「イノベーション経営」とは?
経産省が作成している「日本企業におけるイノベーション創出に向けた経営について」のページには、様々なイノベーションが紹介されていますが、「イノベーション=技術革新」という枠から抜け出ていないように思えます。大企業の新規事業、新規商品こそが、イノベーションと言っているようで、人材も資金も限りがある中小企業には「イノベーションなど無理」といった感覚さえ抱きます。
そもそも、会社を経営していくということそのものが、イノベーションを継続することであり、つまり「イノベーション経営」だと私は考えています。
P・ドラッカーは、「企業が行うことは2つしかない」と言いました。イノベーションとマーケティングです。なぜならば、企業の最終目的は「顧客創造」であり、顧客を創造するには、新しいことを始め(イノベーション)、それを顧客に伝える(マーケティング)しかないと言っています。
つまり、イノベーションを継続することで、その時代の顧客を開拓し、その顧客にあったモノやサービスを提供していくことが会社経営そのものだと言っています。
実際の会社運営では、会社の規模や業種に関わらず、提供するモノやサービスそのもの、提供のしかた、価格などのカイゼンが行われています。従業員の行う日々のカイゼンもあれば、プロジェクトを組んで研究開発をするような大規模なカイゼンもあります。
カイゼンには、現行のモノやサービスそのものや提供の仕方をカイゼンする方法として、ストレッチ(伸ばす)とチェンジ(変える)とがあります。商品の機能を変えず性能を向上させるのがストレッチ、使い方や売る相手を変えるようなカイゼンをチェンジと考えます。このチェンジにあたるカイゼンは、「改革」であり、イノベーションと理解できます。
例えば、蒸気機関車は、時速200Kmを実現することは可能と考えられていました。(戦前の「あじあ号」は、最高速度130Kmで走行)しかし、蒸気機関車をどんなに「改善」しても、煙を出さない蒸気機関車は出来ません。低燃費で走ることは、困難です。将来、低燃費で高速走行するには、ディーゼル機関車や電気機関車の方が可能性を持っています。そこで、脱蒸気機関車というイノベーションが起きました。ところが、ディーゼルであれ、電気であれ機関車は、最高速度が出せても加速性能に劣ります。1両編成から18両編成というフレキシブルさには、欠けます。旅客用の車両に関しては、今や電車かディーゼルカーに変わりました。これもイノベーションです。次は、リニアモーターカーが待っています。
この例からわかることが2つあります。
1)現行の「やり方」をいくらカイゼンしても実現できないレベルがあるなら、新しい「やり方」にジャンプするというイノベーションが必要である。
2)現行の「やり方」と次の「やり方」が並走する時期があること。そして、古い「やり方」を捨てるときが、本当にイノベーションしたことになる。
イノベーション経営を目指すとき、重要な点があります。それは、現行の「やり方」をカイゼンすることで、将来の課題を実現する可能性があるかどうかの判断です。時速200Kmを蒸気機関車で実現しようとしていないかです。将来、脱ガソリンエンジンが予想されるなか、エンジン部品のカイゼンをする意味があるかです。将来の労働環境の変化に対して、現行の人事制度や採用方法を考えず給与の金額ばかりいじっていないかです。
現行の「やり方」が将来も通用するか、もし限界があるなら、どう変えるべきか。これを考え続けるのが「イノベーション経営」の本質です。そこには、3つのステップがあります。
1)自社の実態を正確に知ること
2)世の中の「やり方」を知ること
3)既存の「やり方」を選択、組み合わせてイノベーションとすること
そして、実行の際は、従来の「やり方」と新しい「やり方」を並走させたうえで、新しい「やり方」に移行するのが、イノベーション経営の真髄です。いきなり、新しい「やり方」に移行するには大きなリスクが伴います。いきなり新しい「やり方」をするのは、ベンチャー企業や大企業の新規事業部に任せることです。
iPod に敗れた幻の「ソリッドオーディオ」開発の教訓
余談になるかもしれませんが、イノベーションとは何かを私自身が強く感じたエピソードをご紹介します。
アップル社は、2001年10月にiPodを発売しヒットさせました。その後アップルは、iPhoneなどを開発。iPodは、今日の「スマホ社会」を生み出す、きっかけをつくった商品です。私自身は関わっていませんが、所属していた会社で、iPodより2年早く半導体メモリーを使った携帯オーディオ、商品名「ソリッドオーディオ」を開発し、販売をしていたことがあります。しかも、発売が早いだけでなく、iPodがハードディスクを使うのに対して、半導体メモリーを使用していました。
技術的には、「ソリッドオーディオ」の方が、iPodより進んでいました。ところが、開発コンセプトが「SONYのカセット式携帯オーディオ『ウォークマン』に代わるもの」としての位置づけにあったことが、その後のiPodとの運命を分けました。
「ソリッドオーディオ」は、「ウォークマン」より小型軽量であり、収納曲数が多いことが売りです。新技術が数多く導入され、性能は格段に上がっていました。ところが、この製品、本質的にはカセットテープが半導体メモリーに変わっただけです。従来品をストレッチした商品でした。従来品より200g以上軽い、テープに20曲入っていたのが、200曲以上は入るといった具合です。しかし、使い方が変わるなどの変化がありませんでした。
一方、iPodは、従来の機能を上げる他に、曲をダウンロードするという異なる発想が組み込まれていました。アップルのCEO(最高経営責任者)スティーブ・ジョブズは、全米のレコード会社を説得して格安で音楽をダウンロードする許可を得ました。その結果、音楽はCDやテープを「買って聴く」文化から「ダウンロードして聴く」文化に変えてしまったのです。その文化は、スマホになっても健在で、映像も「DVDを買って見る」文化から「ダウンロードして見る」文化になっています。まさにイノベーションです。ジョブズが、iPodにどうやって曲を取り込むかに着眼したところがすごいところです。また、曲の提供を渋るレコード会社に対して、ダウンロードを許可させた強引で粘り強い交渉力には頭が下がります。
最高のイノベーションは、
「今となっては、皆が当たり前」
と思っていることです。素晴らしいイノベーションは、素晴らしいがゆえに、すぐに模倣する者が現れ平凡になっていきます。だから、継続してイノベーションをし続けなければなりません。イノベーションを繰り返す過程の中で、企業規模の拡大やブランド力の向上など、競争の優位性が上がったとしても、永遠のものではないことを考えれば、継続的なイノベーションの重要性がわかります。
スマートフォンは誰を豊かにしたのか: シュンペーター『経済発展の理論』を読み直す (いま読む!名著)
まとめ
イノベーションとは、
「既存知と既存知の新結合」
であり、単純な「技術革新」ではありません。これを経営に活かす「イノベーション経営」とは、製品、生産、販売、サプライチェーン、組織の内、いずれかの「やり方」を変えていくことです。
イノベーション経営は、企業の創業期や新規事業の立ち上げ期のみならず、事業が停滞期に入った時こそ必要ではないでしょうか。