「コンプライアンス研修」を形骸化させない4つの教育ポイント(その1)
「コンプライアンス研修」を形骸化させない4つの教育ポイント(その1)
「コンプライアンス研修」が形骸化する理由
大手企業によるコンプライアンス問題が、毎年のようにマスコミで報道されます。最近では、三菱電機で鉄道車両向け空調装置検査問題(2021年7月)が問題になっています。
度重なる企業や組織の法令違反がきっかけで、各社は「コンプライアンス研修」を行い、コンプライアンス違反の発生防止に努めています。ところが、いざ「コンプライアンス研修」をするとなると総務部や人事部の担当者が、
「今年のコンプライアンス研修をどうしよう」
と悩んでいるところがあります。社内や社外の講師を探す、テキストやe-ラーニングを準備するなどの負担もありますが、悩みの本質は、「コンプライアンス研修」の成果です。毎年研修を行っていても、研修が形骸化していないかとの不安を感じている担当者が多くいます。研修の成果を確認しようとしても、受講者の反応を聞くぐらいです。実際にコンプライアンス問題が発生して、「研修の効果が無かった」ことが分かってもなんにもなりません。
「コンプライアンス研修」が形骸化し易いのは、各企業や従業員にとってコンプライアンス問題を身近に感じないからです。学校で生徒全員に「万引きをするな!」「カンニングをするな!」と授業で教えるようなものです。生徒は、「万引き」も「カンニング」も悪いことだと知っています。しかし、ほとんどの生徒は、「自分と関係ない」と思っています。企業における「コンプライアンス研修」も生徒への「万引き指導」も同じです。「やった」時、いや厳格にいえば「見つかった」時にしか指導(研修)の効果が出ないのが現実ではないでしょうか。そして、「万引き」も「コンプライアンス違反」も同じ生徒、同じ企業で繰り返されのことが多いのも同様です。
コンプライアンス研修において、「ルールを守らなければいけない」との研修は不要です。「なぜルールを守れないのか」との視点にたった研修が必要なのです。「コンプライアンス研修」を形骸化させない4つのポイントがあります。
1)コンプライアンス違反の種類と実例
2)なぜコンプライアンス違反が起きるのか
3)コンプライアンス違反の防止対策
4)コンプライアンス違反が発生した時の処置
1)何がコンプライアンス違反に当たるのか、知らなければ、気付かないうちに違反をしています。2)コンプライアンス違反をするのは、違反を起こし易い背景があります。そして3)違反防止対策があり、4)違反したとき収める方法があります。この4点を自分の企業実態にあった形で内容に組み込むことが、コンプライアンス研修を形骸化させないポイントになります。
この記事は、自分自身コンプライアンス問題を起こした企業に所属し、調査・対策に奔走した経験をもとにしたものです。
コンプライアンス違反の種類と実例
コンプライアンスとは
コンプライアンス(Compliance)は、一般に「法令遵守」と訳されています。しかし、今コンプライアンスは、意味が広がり法律や社内規則だけではなく、世の中の倫理観や道徳観に従うことなども含まれます。まとめると、以下の3つです。
① 法令の遵守
② 企業倫理の遵守(環境、人権など)
③ 社会的貢献
社会的貢献がコンプライアンスに入る例では、コロナワクチンの職場接種をその企業だけでなく、地域住民に対しても行うなどの行為が入ります。その企業の従業員だけに接種したとしたら「自社の社員だけを守るのか」との批判にさらされます。大規模な自然災害が発生した時に、品不足になっている自社の商品を普段の10倍の価格で販売しても法的な問題はありませんが、「コンプライアンス違反」となり得ます。
コンプライアンス違反の実態
コンプライアンス違反でマスコミが大きく取り上げるのは、大手企業や役人の不祥事の場合です。このためか、「コンプライアンス違反」が、どうも他人事に感じます。いくら万引きの報道があっても、親が「内の子は、そんなことをしない」と思い込んでいるようなものです。
コンプライアンス違反に関して、2021年4月に帝国データバンクが発表した「コンプライアンス違反企業の倒産動向調査(2020 年度)」があります。コンプライアンス違反によって倒産した会社は、2020年減少したとはいえ全国で182件あります。(図の出展は、いずれも帝国データバンク調査による)
この調査をみると様々な業種で様々なコンプライアンス違反があることがわかります。マスコミを騒がせる大企業の「コンプライアンス違反」では、違反したことで倒産した例はほとんどありません。大企業は、それなりの体力があり自力で回復することが可能です。時には、政府や銀行の支援を受けることができて存続しています。しかし、中小企業の場合「コンプライアンス違反」がそのまま倒産に繋がることがあるのです。規模や業種に関係なく「コンプライアンス違反」の可能性があり、企業存続に関わる事態になる可能性があることを認識しておくべきです。
コンプライアンス違反の種類と実例
コンプライアンス研修において、違反の種類と実例を受講者に知ってもらうことは重要です。主なコンプライアンス違反の種類を上げます。「コンプライアンス違反」の事例は、残念ながら沢山あり、新聞やネットでいくらでも調べられます。コンプライアンス研修で使うのは、出来るだけ身近な例、気が付かない例を取り上げることです。
1)不正経理:粉飾決算や脱税など
東芝は2015年の調査で、合計2300億円も利益を水増ししていたことがわかりました。巨額の不正会計事件により、当時の社長や副会長、歴代社長経験者を含む9人が、引責辞任する事態にと追い込まれています。2018年1月8日、振袖の販売レンタル業「はれのひ」が突如店舗を閉鎖し、成人式前であったことから大きな騒動になりました。その背景には、同社の粉飾決算がありました。
2)製品の偽装:検査偽装、産地偽装など
最近(2021年7月)、三菱電機が鉄道車両向け空調装置で長年にわたって不正を行っていたことが発覚しました。品質検査における不正は、日産自動車や神戸製鋼所などでも公表され社会的批判と不正競争防止法違反等の罰金が課せられています。1
3)情報管理の不徹底:個人情報流出など
2019年7月、キャッシュレス決済サービス「7Pay」で、攻撃者による不正アクセスが多発しました。準備不足の中、キャシュレス決済参入に焦ったセブン&アイ・ホールディングズの起こした事象です。その後、セブン&アイが、全被害者に対して、全額補償し、決済サービス「7Pay」は廃止となりました。
最近は、デジタル化、リモート化を反映して、情報管理に関する「コンプライアンス違反」が増加傾向にあります。
4)不適切な労務管理:サービス残業など
社員の自殺が「過労による自殺」だとされ、労災認定を受けた例があります。2015年電通の新人女性社員が過労で自殺して問題になりました。かつては、「当たり前」と思っていた長時間労働なども「コンプライアンス違反」として取り扱われます。
なぜコンプライアンス違反が起きるのか
コンプライアンス研修で重要なポイントが、「ルールを知っているのに、なぜ守れないか」を議論することです。私は、企業でルールを守れない理由は、大きく3つがあると考えています。
二重規範
二重規範(Double standard)は、基準が二つあってこれを使い分けることです。例えば、製品出荷における「合格基準」とは別に、「特採基準」(正式には、特別採用基準と言われる顧客に同意してもらって決めた特別な合格基準)があり、これを勝手に運用した事例です。学生がカンニングするとき、「カンニングは悪いけど、このくらいなら許されると思った」などは、心に二重規範を持っていることが原因です。
集団浅慮
「集団浅慮」とは、組織や集団において多人数で合議したのに不合理な判断をすることです。タコツボ化した集団、長年同じことを繰り返している行為のなかで生まれます。(朝鮮戦争やベトナム戦争で超エリート集団の指導者がどう間違ったかなど研究が多くあります。)
県の工事入札価格決めるのに、社長以下幹部が集まり、「毎回、県の入札予定価格をもとに価格を決めた」との新聞記事をみたことがあります。この会社では、本来知りえない県の「入札予定価格」を担当者が知っていることを不思議に思わなかったのでしょうか。多くの人が集団で「コンプライアンス違反」の行為をしていても気付かない、気にしない状況がうまれるのです。
「不正のトライアングル」
コンプライアンス違反など不正を起こす人には、3つの条件が存在します。
①動機、②機会、③正当化
です。これを図にしたとき、三角形になることから「不正のトライアングル」と呼びます。
” Illegal triangle”
製品試験において試験結果が合格基準を満たさず、不正なデータを捏造した事例を紹介します。試験を行った当事者にヒヤリングすると、
1)「試験のやり直しには時間がかかる」(動機)
2)「どんな結果(数値)でも入力でき、誰も見てない一人作業」(機会)
3)「顧客が製品の到着を待っているし、これまで問題がおきたことがない」(正当化)
と考え、データを捏造したというのです。見事な「不正のトライアングル」が成立していました。この対策は、「不正のトライアングル」を構成する3つの要素を消すことです。1つでも消せれば、「コンプライアンス違反」発生のリスクを大きく下げられます。
まとめ
「コンプライアンス研修」を形骸化させない4つのポイントは、
1)コンプライアンス違反の種類と実例
2)違反の発生原因
3)発生防止対策
4)違反が発生した時の処置
1)何がコンプライアンス違反に当たるのか、知らなければ、気付かないうちに違反をしています。2)コンプライアンス違反をするのは、違反を起こし易い背景があります。
コンプライアンス研修において、「ルールを守らなければいけない」ではなく、「なぜルールを守れないのか」との視点にたった研修が必要である。