「不都合なこと」を説明する際に気を付けるべきポイント:コンプラ研修(その8)
「不都合なこと」を説明する際に気を付けるべきポイント:コンプラ研修(その8)
「不都合なこと」を説明するとき、気を付けるべきポイント
「企業や組織が行う、不祥事の謝罪会見」
「お客様へのクレーム謝罪」
「株主への赤字報告」
これら「不都合なこと」を説明する場面では、説明する側に大きなストレスがかかります。説明が無事に終わらず相手に突っ込まれ、更に苦しい立場に追い込まれることも覚悟しなくてはなりません。
私自身、冒頭に挙げたような、不祥事の謝罪会見、クレーム謝罪、赤字報告など、「不都合なこと」を説明する場を体験し、その難しさを実感しました。
どんなに「合理的な説明」をしたり、「予想外のことが起きたこと」を語ったりしても、相手は容易に納得してもらえません。会見後、うっかり
「こちらも大変で・・・・」
などと感情を漏らして、「大炎上」した例もあります。
「不都合なこと」を伝える大原則は、「事実をそのまま伝える」ことです。ウソはもちろんNGですが、他にも事実の一部しか伝えない、伝える側の事情を入れる(言い訳)などがあれば、相手は説明を到底受け入れることはできません。
「不都合なこと」を説明する際には、「相手は自分と違う」ということを肝に命じておくことです。たとえ、客観的な数字でも、人により受け止め方が違います。同じリスクを説明しても、「大丈夫」と思うか、「不安を抱く」かは、人それぞれです。受け取り方が違います。
「不都合なこと」を説明する際、気を付けるべきポイントのいくつかをご紹介します。
1)「安心」と「安全」の違いを理解する
2)「リスク」と「危険」を混同しない
3)相手に「共感」してもらう
などです。人は、客観的な理解より、情緒的な納得を求めています。相手の感情を考慮せず、どんな説明をしても、理解を得られることはなく、逆に反感を買うことさえあります。
「不都合なこと」を説明する場面にたたされたとき、相手が事実をどう受け止め、どんな感情を抱く可能性があるかを「危険予知」しておくことが必大切です。
この記事は、コンプライアンスの研修シリーズとして、不幸にも「不都合なこと」を説明することになった時に気を付けるべきことを紹介します。
「やばいこと」を伝える技術 修羅場を乗り越え相手を動かすリスクコミュニケーション (毎日新聞出版)
「安心」と「安全」の違いを理解して説明する
「国民の安全安心を守る政治をします」
「安全で安心して暮らせる街づくりを目指します」
政治家や行政の人が、よく口にする「安全安心」という言葉があります。特に東日本大震災以降、使用頻度が増えたようです。簡単に「安全」「安心」と口にしますが、内容は全く異なります。
安全には、客観性がありますが、安心は情緒的です。
例えば、橋の安全について
「震度6強まで耐える」
と客観的な基準が出せます。ところが、安心ということでは、震度6強に耐えても
「震度7なら崩壊するのか」
と不安がる人もいれば、
「震度6強まで耐えれば、大丈夫」
と思い安心だと思う人もいます。つまり「安心」には客観的な基準が存在せず、人により、時代により違うのです。
都合のよくないことを話す時、この安全と安心の違いを理解せずに話しをすれば、トラブルを招きます。
車の部品に使われる材料に強度不足が見つかり、材料メーカーがこの顛末を公表する記者会見を見たことがあります。材料メーカーから、
「材料は、部品の要求する強度を下回っている」
「部品としては、自動車会社の要求する強度を満たし安全である」
「だから既に販売された車のリコールによる部品交換は必要なく、安心してください」
こんな趣旨のコメントがされました。これに対して記者から、まず出た質問は、
「会社は、強度不足を知っていて出荷していたのか?」
でした。記者達の心理の中に、「このメーカーは誤魔化しがいつもあるのでは?」との思いがあったようです。そして、
「車として本当に安心と言えるのか?」
「すべての部品が、絶対に大丈夫と言えるのか?」
といった質問が続きました。その後も「安心」とか「絶対大丈夫」とか、互いに言葉尻を捕まえてのやり取りになり、会は説明側も記者側もスッキリしない形で終わってしまいました。
材料メーカー側が、「安全」について事実にだけを説明すれば良かったのでしょうか、「安心」まで主張して、記者との間で摩擦が生まれてしまったのです。「安心」するかどうかは、相手の受け止め方次第ということを忘れた説明でした。相手が「安心」を感じる言い方で、「安全」について例などを挙げてわかり易く説明することが重要です。
例えば、よく放射線の量について、
「この値は、上空1万メートルを飛ぶ飛行機の乗客が浴びる量の○○分の1です」
などと説明されることがあります。
「リスク」と「危険」を混同しない
よく記者会見や役所の説明で、よく「リスク」と言う言葉が使われます。ところが、かなりの人が、「リスク」という言葉を正しく理解していません。
リスクとは、都合の悪いことが起きる可能性です。
交通事故の「リスクを下げる」ことはできても、「ゼロ」にはできません。自動車に乗らない、道を歩かないといったことが出来ない限り、リスクをゼロにすることはできません。ところが、「リスク」という言葉を「危険」(危険発生要因)そのものとして、誤解されがちです。「リスク」という言葉が、「危険」と混同され易いことに配慮せずに使い、誤解を招く結果になることがあります。
例えば、
「当社食品Aに使われている甘味料Sは、米国で発がん性が報告されましたが、健康を害するリスクはありません」
食品メーカーが、こんな発表をしたと、新聞に載ることがあります。さて、この記事を読んで、多くの人はどう感じるでしょうか。続けて、食品Aを買うでしょうか。それとも、やめてしまいますか。
この記事では、「リスク」の使い方が間違っていることが分かります。リスクは、可能性であり、リスクがないことはあり得ません。正しくは、「リスクが低い」と書かれるべきでした。(メーカーが、リスクという言葉をどう使ったか不明ですが。)
がんのリスクは、甘味料Sに発がん性があっても摂取量や摂取した人の体質などで決まります。タバコの発がん性を想像してもらえば、分かります。
この例では、甘味料Sの発がん性について、
「なお、発がん性については、食品Aの1食分である甘味料10mgの1000倍である10g以上を毎日食べた時、がんになる可能性があるとの報告です。」
といったことを付け加える配慮が必要だったかも知れません。もし、
「多量に食べるとがんのリスクがあります。」
と言えば、「リスク=危険」と考える受け手は、
「食品Aを食べると、がんになる」
と思う人が多くなるでしょう。SNSでは、さらにエスカレートして、「食品A=がんで死ぬ」といった投稿まで現れるかも知れません。「リスク=危険」と誤解し易いことを考慮して、「リスク」より「危険の可能性」という言葉にした方が、正しく伝わる可能性が高くなります。
相手に「共感」してもらう
そもそも相手に「都合の悪いこと」を説明するとは、真実を伝えることであり、その後の状況変化を起こすことです。伝えること自体ではなく、その先の理解と納得、それによる選択や行動が目的です。
例えば、食品メーカーG社が、異物混入を公表するのは、混入という事実を伝えることではありますが、今後もG社製品を買って頂くための、理解と納得という目的があります。
この理解と納得は、伝える上では、容易ではありません。それは、理解や納得が相手によって異なるからです。理解は、相手の持っている知識や経験によります。納得は、感情が入ります。伝える側が、相手を無理に説得しようとしても納得は得られません。
伝える側は、相手が理解し納得できる材料を提供して、相手の「納得」を待つということしかできません。つまり、相手を納得させるとは、「共感」してもらうことです。「都合のわるいこと」を伝えるとき、
「どう納得してもらうか」
より
「どう共感してもらうか」
と考えて、アプローチする方が相手の気持ちに寄り添い易くなります。逆に、相手に共感を与えないような説明者の態度、言葉使いがあれば、納得つまり「共感」は、程遠くなります。
まとめ
「不都合なこと」を説明する際には、「相手は自分と違う」ということを肝に命じておくことです。
「不都合なこと」を説明する際、気を付けるべきポイントは、
1)「安心」と「安全」の違いを理解する
2)「リスク」と「危険」を混同しない
3)相手に「共感」してもらう
などです。人は、客観的な理解より、情緒的な納得、共感を求めています。相手の感情を考慮せず、どんな説明をしても共感を得られることはなく、逆に反感を買うことさえあります。
参考記事:「ガバナンスとコンプライアンスの違い」とガバナンスの目的:コンプラ研修対策(その3)