挑戦せずに「何もしない方が得」なのは、日本の制度や暗黙のルールのせい
挑戦せずに「何もしない方が得」なのは、日本の制度や暗黙のルールのせい
挑戦せずに「何もしない方が得」と考えることには、合理性がある
「日本では、起業が少ない」
「新しいことに挑戦する若者が少ない」
「指示待ちの社員ばかり」
そんな日本人のチャレンジ精神のなさを嘆く本や記事が溢れています。太田肇著「何もしない方が得な日本」(PHP研究所 2022年)には、日本の消極的な人々の姿が、いやと言いうほど述べられています。この本に書かれていることで重要なのは、日本人が消極的でチャレンジしないのは、日本の伝統的文化ではなく、人の行動や文化を形づくっている「社会の仕組みに欠陥がある」と言っていることです。私もこれに賛成します。
例えば、「チャレンジ精神」をネットで検索してみて下さい。検索結果の上位20位ぐらいまで、すべて就活でいかに「チャレンジ精神」をアピールするかを書いた記事です。毎年企業のHPなどで公開される新入社員に対する社長の言葉でも、「チャレンジ」を求めるものが数多くあります。
入社する新人も受け入れる会社も「チャレンジ精神」を重視し、自分達にはそれがあると主張しています。しかし、現実の会社では、消極的な社員ばかりです。「チャレンジ精神」を持っていた新入社員が、やがて「何もしない方が得」に気付き、消極的な社員になってしまいます。それは、会社の仕組みや暗黙のルールを知るにつれ、「何もしない方が得」という合理的な知恵を身に着けるからです。
「何もしない方が得」となる会社の仕組みや暗黙のルールを3つ紹介します。
1)形だけのチャレンジ制度
2)年功序列
3)「言い出しっぺが損をする」暗黙のルール
会社に限らず、役所やPTA、町内会などでも「何もしない方が得」となる状況が溢れています。いずれも、制度や暗黙のルールが、その状況をつくり出しています。国の制度や社会の習慣を変えるのは困難ですが、会社の制度や習慣は変えることは可能であり、社員がチャレンジ精神を取りもどすことが期待できると信じています。
この記事では、「何もしない方が得」となっている制度や暗黙のルールの例を紹介し、これを乗り越えるヒントをご紹介します。
何もしないほうが得な日本 社会に広がる「消極的利己主義」の構造 (PHP新書)
形だけのチャレンジ制度
「社内プロジェクトへの社内公募制度」
「国内や海外への留学制度」
「副業の公認」
これら社員の「チャレンジ」を促す制度は、以前からあります。ところが、これを利用する人は、必ずしも多くありません。社内公募が、直属の上司に秘密での応募が認められていても、チャレンジする人は稀です。むしろ、上司が勧めて実現するケースがほとんどです。
私の経験では、社内プロジェクトや留学に興味がある人はいます。しかし、現実には、
1)プロジェクトに参加しても、留学して修士や博士になっても給料は変わらない。
2)同僚から「突出している」と見られるのがいや。
3)数年、職場を離れて、戻ってくる場所があるか不安
といった理由で、手を挙げる人が少ないのです。せっかく会社で制度を作っても、可能性を示すだだけで、社員のチャレンジに対する不安を払拭する仕組みがありません。リスクをとってまでチャレンジするメリットがないのです。
チャレンジするということは、リスクと引き換えにリターンを求めるということです。不安ばかりで、「いい経験になるから」というリターンだけでは、「何もしない方が得」という合理的な結論になってしまいます。
社内にチャレンジする制度を設けるのであれば、チャレンジして得られるリターンも制度として設けなければ、社員は行動しません。チャレンジ制度を作ったのに応募する人がなく、
「最近の若者には、チャレンジ精神がない」
と嘆く前に、応募する社員の気持ちを考えて制度をつくることです。
年功序列に代表される「地位と報酬が降ってくる」制度
日本企業では、基本的に年功序列をベースとした人事制度が取られています。多くの企業は、管理職までは経年で自動的に昇格させ、管理職以上は、一定の年数を経過したものから選抜して昇進させています。これを社員の立場からみると、健康と失敗しないことが昇進の条件です。自らの力で昇進するというより、年数を経過したら、会社から昇進の声がかかるという制度です。
この制度では、会社に大きな貢献をしても、昇格・昇進が早まることはありません。むしろ、余計なことをして失敗したり、体を壊したりするリスクが増します。まさに「何もしないのが得」という制度です。
私が働いていた米国の工場は、ポストを公募する制度でした。班長、課長、部長までポストができたり、空いたりすると、社員から公募して選抜します。もし、適切な人材がいなければ、外部から中途採用するというルールです。いくら優秀な社員でも手を挙げなければ、昇進はありません。毎回、一つのポストに数人が手を挙げます。平社員が部長に応募しても構いません。こうなると、減点ではなく、プラスのアピールポイントが持つ人が選ばれる傾向が出てきます。この制度のお陰でしょうか、普段から積極的な社員が多いようです。いかにもアメリカらしかったのは、ソリアーノというメキシコ系アルバイト社員の話です。彼は、製品の梱包を担当していたのですが、課長の公募があると言うので応募しました。経験ゼロですので、勿論不合格です。次に班長の公募があり、これにも応募して不合格。1年で4回ほど公募に挑戦し、すべて不合格でしたが、熱意に負けて特別に社員として採用しました。それから、5年後、かれは見事に課長のポジションを得ることになりました。
年功序列に代表される、じっとしていても地位や報酬が上から与えられる制度は、見直すべき時期ではないでしょうか。自分から
「地位や報酬を得たい」
と手を挙げない限り与えられない制度であれば、
「自分は、会社に貢献した割に報われていない」
といった隠れた不満も軽減されるのではないでしょうか。
「言い出しっぺが損をする」暗黙のルール
会社や社会に制度としてないのですが、「言い出しっぺがその仕事をやらされる」というルールがあります。
ある社員が
「これは、こうした方がいいと思います」
と何かしらの提案を出すと、
「じゃぁ、それキミがやって!」
という具合に、「提案者=実行責任者」となってしまいます。会社だけでなく、PTAや町内会でも積極的に意見を言うと、
「では、役員をお願いします」
ということになります。このルールを知らず、かつてPTAで意見を言っていたら、役員になってしまい困ったことがありました。
「提案するとその実行責任者をやらされる」という暗黙のルールがあることで、皆提案をためらいます。
「提案者と実行者は別」
という明確なルールを示すことで、提案が活発になります。
ある会社での話ですが、会社主催で一般社員を集めた会合を開き、会社から
「会社にして欲しいことを話してください」
と持ちかけたことがありました。普段、あまり口を開くことがない社員が、社内の環境、事務処理ルール、休暇などの制度について、沢山の要望を出してくるので、主催者が驚くほどでした。社員達は、自分に実行責任がないということで、安心して沢山の提案を出したのでしょう。ところが、あまりにも些細な要望が多いことにイラ立った経営者が、
「カネをだすから、そのくらいのことは自部署でやってください」
と言ってしまいました。すると、急に雰囲気がかわり、社員が黙り込んでしまいました。
1)提案した方が得
2)提案を実行した方がもっと得になる
3)提案を実施して失敗しても責任を問われない
こんなルールを明確に示していくことで、社員のチャレンジ精神が活かされます。
まとめ
日本人が消極的でチャレンジしないのは、日本の伝統的文化ではなく、人の行動や文化を形づくっている「社会の仕組み]に欠陥があるから。
「何もしない方が得」となる会社の仕組みや暗黙のルールを3つ紹介すると、
1)形だけのチャレンジ制度
2)年功序列
3)「言い出しっぺが損をする」暗黙のルール
といったところです。会社の制度や習慣を変えて、社員がチャレンジ精神を取りもどすことが期待できまる。