「歴史に学ぶこと」の難しさの理由と会社における歴史の教訓の活かし方
「歴史に学ぶこと」の難しさの理由と会社における歴史の教訓の活かし方
「歴史に学ぶこと」が難しい理由
英国の軍人であり首相になったウィンストン・チャーチルは、
「歴史を学ばない者は、過ちを繰り返す。歴史を学ぶ者は、世界を支配する」
と言っています。また、ドイツのビスマルクは、
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」
と言ったと伝えられています。(諸説あるようですが)
どちらも、「歴史に学べ」と言っていますが、現実には、個人も組織も国家も歴史の教訓を十分に活かせているとは言い難いと感じます。「歴史に学ぶ」ことは、結構な難しさがあります。例えば、そもそも過去の出来事自体を知らなければ、学びようもありません。歴史上の出来事と目の前で起きていることに共通点を見いだせなければ、教訓として活かせません。
この記事では、歴史に学べない根本的な4つの理由と、その心理的・組織的・社会的な要因をご紹介し、会社経営における「歴史の教訓」を活かす方法を考えます。
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人が歴史に学べない4つの根本理由
そもそも歴史を知らない、あるいは歴史の解釈が誤っている
人が歴史に学べない最も基本的な理由は、「歴史を知らない」という単純な事実です。しかし、問題はそれだけではありません。歴史を知っているつもりでも、その理解が表面的であったり、誤った解釈に基づいていたりするケースが少なくありません。つまり、「歴史を知らない」と「歴史を誤って理解している」は、どちらも歴史から学ぶことを妨げる大きな要因です。
(1) 歴史そのものを知らないケース
現代社会では、膨大な情報が流れていますが、体系的に歴史を学ぶ機会は限られています。学校教育で触れる歴史は断片的であり、社会に出てから歴史を学び直す人は多くありません。
そのため、過去の成功や失敗の蓄積を知らず、同じ過ちを繰り返す土壌が生まれます。
企業の幹部社員であっても、業界の歴史や自社の過去の失敗事例を十分に把握していないことが珍しくありません。歴史を知らなければ、当然ながら教訓を活かすことはできません。
(2)歴史を知っていても、解釈が誤っているケース
歴史を知っているつもりでも、その理解が不十分であったり、誤解に基づいていたりすることがあります。
歴史は単なる事実の羅列ではなく、背景や因果関係を正しく理解しなければ、本質的な教訓を得ることはできません。
たとえば、江戸時代の三大改革(享保・寛政・天保)では、いずれも「倹約令」が実施されました。多くの人は「倹約=良い政策」「質素倹約は社会を安定させる」といったイメージを持ちがちです。しかし実際には、倹約令は町人の消費活動を抑制し、経済の流通を停滞させ、深刻な不況を引き起こしたという側面があります。
つまり、「倹約令=善政」という単純な理解では、歴史の本質を捉え損ねてしまいます。
このように、歴史を知っていても、「背景を知らない」「因果関係を誤解している」「表面的な物語だけを信じている」といった理由で、誤った教訓を導いてしまうことがあります。
(3)誤った歴史理解が意思決定を誤らせる
歴史の誤解は、現代の意思決定にも影響します。
たとえば企業であれば、「過去に成功したから今回も成功するはずだ」「昔は倹約が成功したから、今もコスト削減が最優先だ」「過去の失敗は○○が原因だったはずだ」といった誤った歴史理解が、戦略判断を誤らせます。
歴史を知らないことと同じくらい、歴史を誤って理解していることは危険です。
むしろ、誤った理解のほうが「知っているつもり」になってしまうため、修正が難しいという点でより厄介だと言えます。
歴史を知っていても、今の出来事と歴史上の出来事が同じと認識できない
歴史を知っていても、「これはあの時と同じ構造だ」と気づくことは容易ではありません。
例えば、「技術が違う」「市場環境が違う」「競合が違う」「社会情勢が違う」といった表面的な違いがあると、人は「今回は別のケースだ」と考えてしまい勝ちです。
しかし歴史の本質は「構造」にあります。
市場の過熱、過度な投資、顧客不在の開発、組織の硬直化など、構造的な問題は時代を超えて繰り返されます。それでも人は、目の前の状況に引きずられ、歴史との類似性を見抜けません。
歴史の教訓に個人が気づいても、組織が気づけない
個人が「これは過去と同じ失敗だ」と気づいても、組織全体がその認識を共有できるとは限りません。
組織には以下のような構造的な問題があります。代表的なものとして以下のようなことがあります。
・前例踏襲の文化
・部門間の利害対立
・失敗を認めたくない心理
・経営層と現場の情報格差
・部門ごとに目標が異なるため全体最適ができない
そのため、個人がどれだけ歴史の教訓を理解していても、組織の意思決定に反映されないことが多くなります。
「自分は過去のような失敗をしない」という過信がある
人は自分の判断を過大評価しがちです。
「過去の人は失敗したが、自分は違う」という過信が、歴史の教訓を軽視させます。
これは心理学でいう「楽観バイアス」や「自信過剰バイアス」に近い現象です。「自分は特別だ」「自分は正しく判断できる」「自分は失敗しない」といった思い込みが、歴史の教訓を「他人事」にしてしまいます。
「過去の成功体験に引きずられるな」
とは、よく使われる言葉です。しかし、「自社はそんなことに陥らない」と思っていた経営者が、結果的に過去の成功体験を再現しようとして失敗する事例があとを絶ちません。
歴史に学べない理由の背景
上記の四つは、「歴史に学ぶことの難しさ」の根本的な理由ですが、さらに深い構造的な背景(要因)が存在しています。
1) 認知バイアスが歴史の教訓を歪める
人間は合理的に判断しているつもりでも、実際には多くの認知バイアスに影響されています。以下のような例があります。
・正常性バイアス:都合の悪い情報を過小評価する
・確証バイアス:自分の信じたい情報だけを集める
・楽観バイアス:自分だけはうまくいくと考える
これらのバイアスは、歴史の教訓を正しく理解することを妨げます。
2)歴史は単純化され過ぎて、現場の意思決定に使いにくい
歴史は後世の人が理解しやすいように整理されますが、実際の現場は複雑です。
例えば、ヒットする商品は、技術革新、タイミング、流行、競合の動き、社会情勢、偶然の要素などが絡み合って生まれます。
しかし歴史として語られると、「○○社のマーケティングが成功した」といった単純な物語に変換されます。
この単純化された歴史を現場に持ち込んでも、複雑な意思決定には活かしにくいものです。
3)時代背景が変わるため、過去の成功法則が通用しない
歴史の教訓は当時の社会構造や技術水準に依存しています。
現代は変化が激しく、過去の成功法則がそのまま通用しません。例えば、消費者の価値観の変化、SNSの影響、サプライチェーンの変動、技術革新のスピードなどです。
これらが過去とは大きく異なるため、歴史の教訓をそのまま適用することはできません。
4)組織の構造が歴史の教訓を活かすことを妨げる
組織には「前例踏襲」「部門間の利害」「政治的な意思決定」などが存在します。
例えば、過去の失敗を指摘すると責任問題になる、新しい提案はリスクが高く承認されにくい、部門ごとの目標が異なり全体最適ができないといたことです。
こうした構造的要因が、歴史の教訓を実行に移すことを妨げます。
5)歴史の教訓は抽象的で、現場の意思決定は具体的である
歴史の教訓は「顧客の声を大切にせよ」「市場の変化を見逃すな」といった抽象的な形で語られます。
しかし現場では、どの顧客の声を優先するのか、どの市場変化を重要視するのか、どの技術に投資するのか、といった具体的な判断が必要です。
抽象的な教訓を具体的な意思決定に落とし込むのは難しく、結果として歴史が活かされません。
会社経営において「歴史に学ぶ」ことの難しさの理由
会社経営においても「歴史に学ぶ」ことは難しいものです。その理由のいくつか考えてみます。
会社の歴史が正しく伝えられていないという問題
多くの企業では、創業から現在に至るまでの出来事が体系的に整理されていません。社史が存在していても、節目となる出来事が断片的に記録されているだけで、意思決定の背景や当時の状況、組織文化の変遷などが十分に記述されていないことが多いのです。結果として、企業の歴史は「年表の羅列」や「美談の集積」にとどまり、経営判断の文脈を読み解くための材料として機能しません。
歴史が正しく伝えられない背景には、いくつかの構造的要因があります。第一に、企業は日々の業務が優先され、歴史を記録することが後回しになりがちです。特に成長期の企業では、事業拡大や組織整備に追われ、歴史の整理にリソースを割く余裕がありません。第二に、歴史の記録は専門性を要する作業であり、担当者の力量によって質が大きく左右されます。記録の視点が偏っていたり、重要な出来事が抜け落ちたりすることも珍しくありません。
このように、企業の歴史が正しく伝えられない状況では、後世の社員が過去の意思決定を理解することが難しくなります。なぜその戦略が採用されたのか、どのような議論が行われたのか、どのような失敗があったのかといった重要な情報が欠落しているため、同じ誤りを繰り返すリスクが高まります。歴史が「知恵」として蓄積されず、単なる「過去の出来事」として扱われてしまうのです。
社史で失敗が語られず、忖度によって真実が歪められる問題
企業の歴史が正しく伝わらないもう一つの大きな要因は、「失敗が語られない」という文化的な問題です。多くの社史や残された記録は、創業者の偉業や成功事例を中心に構成され、失敗や混乱、対立といったネガティブな側面はほとんど記述されません。これは、企業文化として「失敗を隠す」傾向が強いこと、また関係者への忖度が働くことが大きな理由です。
特に日本企業では、組織内の調和を重んじる文化が強く、過去の失敗を明確に記録することが「誰かの責任を追及する行為」とみなされがちです。そのため、社史は「成功の物語」として編集され、失敗は曖昧に処理されます。しかし、歴史において最も価値のあるのは、むしろ失敗の記録のはずです。失敗の原因を分析し、そこから教訓を引き出すことこそが、歴史を学ぶ最大の意義だからです。
さらに、忖度によって真実が歪められると、歴史は「物語化」され、実態から乖離していきます。例えば、ある事業の撤退が実際には市場分析の誤りによるものだったとしても、社史では「環境変化に伴う戦略的撤退」と表現されることがあります。このような表現は、組織の自省を妨げ、同じ失敗を繰り返す温床となります。
企業が歴史から学ぶためには、失敗を正直に記録し、忖度を排した事実の積み重ねが不可欠です。しかし現実には、組織の力学や人間関係がそれを阻んでいるのです。
歴史がベテラン社員や幹部の経験談として伝えられ、客観性を欠く問題
企業における歴史は、しばしば「語り継ぎ」という形で伝えられます。ベテラン社員や幹部が、自らの経験を後輩に語ることで組織の文化や価値観が共有されるという側面は確かにあります。しかし、この方法には大きな限界があります。経験談は語り手の主観に強く依存し、客観性が担保されにくいのです。
語り手は、自分が関わった出来事を美化したり、都合の悪い部分を省略したりする傾向があります。また、語り手の立場や役職によって、同じ出来事でも解釈が大きく異なることがあります。例えば、ある改革が成功したと語られる一方で、現場では混乱が生じていたというケースは珍しくありません。
さらに、語り継ぎは属人的であり、語り手が退職すると歴史が失われるという問題もあります。企業の歴史が個人の記憶に依存している状態では、組織としての学習が蓄積されません。結果として、企業は「経験の断絶」によって同じ課題に何度も直面することになります。
歴史を客観的に扱うためには、個人の経験談を超えて、事実を記録し、複数の視点から検証する仕組みが必要です。しかし、多くの企業ではその仕組みが整っておらず、歴史が「語りの文化」に閉じ込められているのが現状です。
企業が歴史から学ぶために必要なこと
企業が歴史から学ぶことを難しくしている三つの要因は、いずれも「歴史の客観性と透明性の欠如」という問題に収束します。歴史が正しく記録されず、失敗が隠され、経験談に依存している状態では、企業は過去から学ぶことなどできません。歴史が「組織の知」として蓄積されず、単なる「過去の断片」として扱われてしまいます。
企業が歴史から学ぶためには、以下のような取り組みが必要です。
1)事実を体系的に記録する仕組みを整える
2)成功だけでなく失敗も正直に記録し、教訓化する文化を育てる
3)個人の経験談に依存せず、複数の視点から歴史を検証する
4)歴史を「物語」ではなく「学習資源」として扱う
歴史とは、単なる過去の出来事ではなく、未来の意思決定を支える知的資産です。企業が歴史を正しく扱い、そこから学ぶ力を高めることは、持続的な成長と組織の成熟に不可欠だと言えます。
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まとめ
「歴史から学ぶ」、言い換えると「歴史の教訓を活かす」ことが難しいのは、
1)歴史そのものを知らない
2)歴史の解釈を誤っている
3)今の出来事と歴史上の出来事が同じと認識できない
4)歴史の教訓に個人が気づいても、組織が気づけない
といった理由が挙げられます。
社会や会社において「歴史の教訓を活かす」には、歴史を正しく伝えることと同時に、歴史は「答え」ではなく「解決のためのヒント」であると捉えることが大切ではないでしょうか。
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