「地方創成」の鍵は、地方自治の確立とIT技術を活用すること
「地方創成」の鍵は、地方自治の確立とIT技術を活用すること
国の「地方創成」は、地方に「老人のせわ」をする組織をつくること?
安倍内閣時代から始まった「地方創成」は、コロナ禍ですっかり色あせていますが、今も担当大臣が兼務ではありますが存在しています。「地方創成」の趣旨は、過疎と高齢化などの問題を抱えた地方に産業を興し再生を図ろうというものです。
総務省のホームページには、沢山の成功例が紹介されています。しかし、いずれの例も各種補助金等を使った「手作り感」を前面に出したもので、世界企業とは程遠いものです。地方に人を集め「老人の世話」をする組織をつくるのが「地方創成」なのかと思えます。ネット社会に現代において、世界との繋がりを感じるのは、せいぜいSNSに投稿した写真がきっかけで、コロナ禍前に世界のマニアが「押し寄せた」こと位でしょうか。これをきっかけに世界的観光地にするプランも仕組みもありません。
かつて「新産業都市促進法」が作られ各地で産業誘致が行われましたが、いくつかの地域を除いてうまくいきませんでした。工場の誘致は行われたのですが、新鋭工場は雇用が少なく人口増も期待したほどではありませんでした。法人税は国税のため、地方には固定資産税以外の増収はありません。結局、地域選出の国会議員と首長の選挙用の「企業を誘致した」という「実績」が残っただけでした。
内閣府の「地方創成」プランの1番目に「地方にしごとをつくり安心して働けるようにする」とあります。この通りなのですが、政策として
(ア)生産性の高い、活力に溢れた地域経済実現に向けた総合的取組
(イ)観光業を強化する地域における連携体制の構築
(ウ)農林水産業の成長産業化
(エ)地方への人材還流、地方での人材育成、地方の雇用対策
内閣府「地方創生の現状と今後の展開」より
これで、地方創成ができるのでしょうか。そもそもスローガンだけで、国は何をする(やめる)、地方自治体は何をする、地方の事業者は何をするかわかりません。こうなりたいとの希望を書いているだけです。「こうなりたい」でさえ、かつて人が沢山いた時代に戻りたいだけのようです。グローバルな時代、デジタル時代を迎えた現代にとてもマッチしていると思えません。本当に地方創成を考えるなら、地方発の世界企業が生まれ、その地域に人だけでなくカネと情報が集まってくることでしょう。ところが全くそんな「地方創成」が全くありません。
日本から地方発の世界企業が生まれない理由をこう考えます。
1)日本に地方自治がないから
2)地方の特徴を活かすIT技術がないから
日本の問題は、なんでも国が決める中央集権体制であることと、中央集権体制を前提とした発想しか浮かばない役人を含めた我々の問題です。今やどんな産業であってもデジタル技術活用なしでは、将来はありません。「地方創成」は、IT技術を地方にもってくることであり、IT技術者を集める、育てることが成功の鍵です。コロナ禍がきっかけで、リモートワークの普及が進み地方でも仕事をするチャンスが拡大してきました。これは、地方にいても仕事ができることを証明しています。地方勤務を考えるいい機会ですが、コロナが終息したら、また東京中心になってしまうことを危惧します。
日本に地方自治がないことで「地方創成」が妨げられている
日本における地方発の世界企業は、極めて少ないのが実態です。世界企業になろうとすると、東京に行くしかありません。大阪の老舗大企業でさえ東京に拠点を移しています。最大の理由は、日本に地方自治がないからです。日本の地方自治の問題点は、大前研一氏もその著書「君は憲法第8章を読んだか」(小学館)で訴えています。
大前氏が言うように日本の地方自治の問題は、憲法8章に集約されています。特にその第94条が問題でそのまま転記します。
第94条
「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。」
何が問題化と言えば、
1)地方自治体の定義がないこと
「地方公共団体」という言葉で、都道府県も市町村もあらわされていますが、何のことか分かりません。大体、市と町と村にどんな区別がありどう役目が定義されているのでしょうか。
2)地方が独自に法律をつくることができないこと
条例をつくることができますが、国が作る法律の範囲を超えられません。つまり、日本は明治以来の完全無欠の中央集権体制です。国で法律を定め主要な税金である所得税、法人税、消費税は、国税として国が集めます。そして一部を地方に配る体制となっています。
地方自治体が頑張ってその地域の産業を興し、企業や個人の所得が増えても税収は国のもの。観光客を呼び込んで消費が増えても消費税は国のもの。よく働いたものがより多くの所得を得る資本主義の原則から全く外れています。税金を一定期間免除して産業を興すことや独自の教育プログラムを作ることなど全くできません。地域に競争がなく、地方自治体の仕事が、結果として国の予算の分捕り合戦になっています。
私は米国オハイオ州で工場建設に携わった経験があります。1990年頃のオハイオ州は、ホンダを始め勢いのある日系企業を呼び込み、地方として再生を図ろうとしていました。工場建設をするにあたり、固定死産税を含め税金の一定期間免除や水の低価格供給、従業員の教育援助等々様々な支援を州やカウンティ(郡)がしてくれました。米国は連邦制ですので各自治体が独自の産業支援策ができます。工場の建設にあたりオハイオ、インディアナ、ケンタッキーの3州から誘致オファーを受けました。それぞれが、受け入れの条件の提示合戦が繰り広げられ、税金だけでなく、工業用水の格安提供、道路の整備、日本人従業員の家族も含めた教育サポートに至るまで提示されました。各自治体は、工場ができたのち3~5年間の税金を免除しますが、その後は法人税など大きな収入を得ています。同様に連邦制のドイツも各地方が独自の産業や教育政策をもっています。江戸時代各藩は独自の産業や教育をしていました。そこには、競争原理が働いていました。幕末に政治的な力を持った藩は、産業政策で成功した藩でもあります。
「政治が悪い」「国の体制が悪い」と叫び改革するのは、政治家に期待しましょう。問題なのは、政治家や役人のだけでなく、人々の心理として「中央集権」がしみ込んでしまっていないかということです。10年ごとに改定される文科省の「学習指導要領」も法律ではなくガイドラインです。就職の定期一括採用のルールは経団連のガイドラインです。しかし、あたかも法のごとく
「これを守らなければならない」「これを守っていれば間違いない」
と考えがちです。コロナ禍の中、なんでもかんでも
「『国』が決めてくれなければ、動けない」
といった風潮が蔓延していることが心配です。
「地方創成」には、地方の特徴を活かすIT技術が必要不可欠
「地域の特徴を出した産業育成」といえば自然、歴史、伝統技術、郷土文化といったところが思い浮かびます。産業に分類すると観光、農業、漁業、手工業などでしょうか。しかし、いずれの産業も従来通りのやり方でやっても復活することはないでしょう。
いま企業が成長していくには、何の分野であれDX(デジタルトランスフォーメーション)が必要です。例えば、伝統的な産業「和紙」や「特産野菜」であっても情報の発信力が必要であり、デジタルの力を利用したマーケティングの活用が不可欠です。ITに強い人がいて、IT技術と融合し改革し続けないと継続的な産業として成り立ちません。逆にITをうまく活用しDXを実現することで、地方発の世界企業になれる可能性があります。今の時代、情報インフラさえ整備されていれば、業務を行う上で地域ハンデキャップはありません。
今最強の産業は、AIやITを活用した産業です。ビジネスのアイデアとIT技術者がいれば、地方で起業しGAFAとは言いませんが、大きくなる可能性があります。しかし現実には、その地域で起業するメリットがないのです。人材を探し採用する、企業間でネットワークを作る、役所の許認可を取得する。いずれにおいても東京が有利です。いくら生活環境がいい、物価が安いといっても肝心の仕事をする上でのメリットがないのです。
私自身、ある地方都市でIT技術者の採用を手伝っていますが、なかなか集まりません。情報部門を持つ大学の学生は、大企業の「総合職」といわれる日本独特のジェネラリストを目指すため地方では就職したがりません。ITの専門学校も大都市に集中しています。破格の給与が払えればいいのかも知れませんが、始めからは無理です。今は地方出身のIT専門学校生にターゲットを絞っています。彼らに企業のビジョンを示し、「夢」を語っています。IT技術者には、給与より「スキルアップ」という報酬が重要なことも事実です。
経営資源とは、ヒト、モノ、カネ、情報ですが、デジタル時代になりヒトの重要度が格段に上がっています。ITに限らず、優れた人材をそろえることができるかどうかが「地方創成」の鍵となります。もし、大量にIT技術者がそろえられれば、その企業も地域も変わります。シリコンバレーやサンフランシスコは、人材の宝庫であることが発展の原動力です。「地方創成」の基礎は、IT技術を活かすこと、IT技術者を集めること、IT技術者を育成することにあるといってもいいと思っています。
まとめ
日本で「地方創成」を叫ばれながら、地方発の世界企業が生まれるような成功事例がない理由は、
1)日本に地方自治がないから
2)地方の特徴を活かすIT技術がないから
と考えます。日本の問題は、なんでも国が決める中央集権体制であることと、中央集権体制を前提とした発想しか浮かばない役人を含めた我々の問題です。今やどんな産業であってもデジタル技術活用なしでは、将来はありません。「地方創成」は、IT技術を地方にもってくることであり、IT技術者を集める、育てることが成功の鍵です。