トップアスリートの練習方法から学ぶ熟練工を育成する方法
トップアスリートの練習方法から学ぶ熟練工を育成する方法
熟練工とトップアスリートの共通点
「熟練工の高齢化で、不足が心配される」
「熟練工の育成には、時間がかかり今からでは間に合わない」
今、日本では、こんな声が生産現場で上がっています。こうした中、IT技術やAIを活用した機械化、自動化への移行が進みつつありますが、熟練工がカバーしている生産現場をすべて置き換えることが難しいのもまた現実です。特に規模が小さく多品種の生産をしている中小企業では、その傾向が顕著です。「熟練工」と言われるレベルの技術者を速く育成する必要が迫られているのですが、「ベテランを見ろ」「技術を盗め」「経験を積むしかない」といった従来型のOJTに頼った方法では間に合いません。
かつてスポーツ界では、猛練習が推奨され、経験を重視した指導が行われていました。「スポ根」と言われる根性ものの漫画が一世を風靡しました。この影響ではないでしょうが、1970年代から90年代は、へとへとになるまでの猛練習が種目を問わず定番になっていました。しかし、今のスポーツ界では、体力をつけるトレーニングと競技技術を身に着けるトレーニングが分離され、それぞれを高めた上で、統合できた者がトップアスリートになれると考えられています。
熟練工に代表される高度技術者の育成は、アスリートが競技技術を身に着ける方法とよく似ています。競技技術の習得には、分散練習と集中練習。分習法と全習法を理解する必要があります。
① 分散練習:時間を分けて行う練習
② 集中練習:連続して時間をかけて行う練習
③ 分習法:要素技術毎に行う練習
④ 全習法:一連の動作をまとめて練習
これらの練習方法を各アスリートのレベル、習得したい技術に合わせて使うことで成果がでます。熟練工の育成においても同様に、レベルと習得したい技術に合わせた訓練方法が重要です。更に、トップレベルになれるか、平凡なレベルでとどまるかは、そのアスリートや技術者が持つ「創造性」が決定的な役割を果たします。
この記事では、トップアスリートの練習法から学ぶ、熟練工の育成について、その類似性から紹介します。
アスリートに見る効果的な練習法の組み合わせ
アスリートが競技技術を習得するのに、前述のように集中して時間を使う方法と分割使う方法があります。また、技術を総合的に練習するか、分解して練習するか2つの方法があります。これを組み合わせると、表のようになります。
この表でB領域にあたる「分習法による集中練習」は、技術が未熟な時、新しい技を習得するのに有効です。一連の動作やいろいろな種類の動作の中で、不得意なもの、新しく身に着けようとする技術は、動作の一部分を取り出して、集中して取り組むことが効果的です。ゴルフの練習で、右手だけ、左手だけのスイング、上半身だけ使ったスイングなどです。
NHKのスポーツ関連番組「レジェンド目撃者」において、西武、ダイエーで活躍したホームランバッター秋山幸二を取り上げていました。この中で、秋山自身が、打てない内角球を克服するために、入団4年後のオフに猛練習をしたと語っています。それは、マシンを打てない内角球だけにセットして、ひたすら打ち続けたとのこと。それも毎日毎晩、深夜までに及び、寮には「幽霊がいるのでは」との噂が広がったといいます。その結果は、それま4年で10本に満たなかったホームランが、その年1シーズン40本を打つように変身していました。
C領域にあたる全集法による分散練習は、技術水準が高い人に有効です。実戦形式の練習などが、これに当たります。プロのゴルファーの多くが、1球打つごとにいろいろなことを確認するような練習をしています。練習の主眼が、各要素技術の統合と「再現性」になるからです。この段階で、ヘトヘトになるまでの集中練習をしては、フォームを壊すだけでしょう。
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一流になるには、「創造性」を磨け
トップレベルのアスリートになれるか、平凡なレベルに留まるかは、そのアスリートが持つ「創造性」が決定的な役割を果たします。サッカーJリーグのヴィッセル神戸にイニエスタ選手がいます。元スペイン代表としてW杯で優勝経験のあるミッドフィルダーです。彼は、特別足が速くはありません、キック力がすごいわけでもありません。しかし、彼の繰り出すパスが起点となる決定的なシーンを試合中に何度も見せられます。
どんな競技でも、どんなに練習しても実際の試合では、同じ場面になることはありません。自然環境、相手の動き、心理によって常に未知の状況に置かれています。イニエスタ選手は、プレー中に味方と相手の選手の位置や動きが頭に入っています。ボールにタッチした瞬間、ゴールにつながるボールのルートを創り出し、次の瞬間パスを出したり自らシュートをしたりします。そこには、様々な独創的なプレイのアイデアがあります。相手の股の間を通してのパス、誰もいない所にパスを出し、味方の俊足選手を走らせる。こんな「創造性」が、イニエスタを一流にしています。
サッカーほど、瞬時の「創造性」は求められませんが、ゴルフにおいても様々な種類をそのボールの位置、ハザードとの関係から、打つ球の高さ、回転、ホールまでのルートを「創造」する力がなければ、一流にはなれません。どんな競技種目においても練習では一流でも、実戦で活躍できない多くのアスリートは、この「創造性」が欠けていることが多いようです。
熟練工は、その最後の段階で「創造性」が必要です。職場で、旋盤工を育成したことがあります。今の旋盤は、NC化していて、まず図面が理解できプログラミングを覚えることが必要です。特訓で図面の理解とプロミングの基礎をたたき込みます。その後、加工しやすい材料を単純な形状に加工することから練習を始めます。分習法による集中練習です。同じ材料で、各工具を使い、一度の切削量、切削速度、刃物も当て方などを変えて技術を身に着けます。
しかし、それだけでは熟練工の域には達しません。「経験」が重要と言われます。多くの経験を積んだ毎回熟練工と言われる人でも、実際の仕事においては、毎回未知の材料、未知の形状、未知の加工条件に遭遇するものです。そもそも、いつもと同じなら熟練工は必要ありあません。熟練工が力を発揮するのは、これまで経験したことのない状況での加工です。この時必要なのが、「創造力」です。状況に適応した加工の仕方を自分で考え、実行する必要があります。これは、一流アスリートが試合で見せるパフォーマンスと同じです。
まとめ
熟練工の育成は、アスリートが競技技術を身に着ける方法とよく似ています。競技技術の習得には、分散練習と集中練習。分習法と全習法を理解する必要があります。練習時間に関しては、分散練習と集中練習 練習法では、分習法と全習法があり、これらの練習方法を適切に組み合わせることで成果がでます。更に、トップレベルになれるか、平凡なレベルでとどまるかは、そのアスリートや技術者が持つ「創造性」が決定的な役割を果たします。