企業幹部の「思い」で決まるサラリーマンの人事異動の現実
企業幹部の「思い」で決まるサラリーマンの人事異動の現実
企業幹部の「思い」で決まるサラリーマンの人事異動の現実
4月や年末に行われる企業の定期異動。あるいは、不定期に突然くる転勤や出向の命令。定期、不定期に限らず企業の人事異動は、事業の繁栄や継続に大きな影響を与えます。また、企業で勤務するサラリーマンにとっては、仕事内容の変化、出世、ときには家庭生活にも大きな影響を与えます。
「どうして俺が、転勤しなくてはならないのだ!」
「なぜあいつが、あそこのポジションにつくのか?」
「ついに彼女は、支店長として栄転!」
人事異動を目にする社員にとっては、こんな悲喜こもごもの感情が湧いてくるものです。
企業において、「誰をどこの部署に異動させるか」という人事異動は、人事部が決めているわけではありません。人事部は、異動通知を出すだけ。実際は、部長以上の幹部社員によって決められています。
部長以上の幹部によって人事異動を決めるのは、大企業も中小企業も同じです。小規模企業なら、社長自ら決めているところが多いのではないでしょうか。人事部は、現場の社員のこと、仕事内容を知りませんので、そもそも関与することは無理です。ただ、幹部が作成した異動案が、会社の人事方針から逸脱をしていないかなどをチェックする程度です。
企業の人事異動は、部長クラス以上の幹部が単独、或いは話し合いで決めています。
考えてみれば、とても怖いことです。異動を決める人が、対象者に好き嫌いなどの偏見を持っていたり、対象者の能力を正しく把握していなかったりすれば、「不幸な人事異動」が行われることになります。専門性に特化した部長が、その専門性だけで異動を決めた結果、職場の人間関係悪化や顧客との摩擦などのトラブルが発生する結果になることも予想できます。
ある会社の役員は、
「人事異動の6割が、『適材適所』の当たり。2割が、『実力不足』の外れ。2割が、『期待以上』の当たり」
と格言めいたことを言っていました。そして、
「2割の外れは、また異動させればいい」
ということだそうです。ただし、「適材適所の当たり」と幹部が思っていても、実力ある人材に「活躍しようのない仕事」をさせて「適材適所」と思い込んでいることもあります。
海外でも、人事異動は日本と同様に、部長クラス以上で決められている例が多いようです。米国の大手エンジニアリング会社や鉄鋼会社と付き合った経験では、社長や役員個人の判断による人事異動が、日本より多くかつ大胆であるように感じました。
ある時、エンジニアリング会社の部長と会議をしていたとき、相手方のA氏に携帯電話がありました。
「社長から電話なので」
と部屋を出て行きました。しばらくして、戻ってくると
「社長から異動を言われた。明日から担当が変わるので、会議をしても意味がないので中止して欲しい」
とのこと。あっけに取られている会議メンバーを置いて、A氏は帰っていきました。
後日聞いた話では、翌日A氏が、異動先の職場に行ってみると、
「あなたの異動は、聞いていない。何しに来た!」
と言われたとか。異動先の部長が社長に電話をしたら、
「君に連絡していなかったか。今日から、ここの部長はA氏だ。君をクビにはせんが○○部に行ってくれ」
どうもトラブル続きの部署にA氏を送って難局を切り抜けようという人事だったようです。米国人の友人に聞くと、
「社長が独断で、急に人事異動を決めるのは、なにも珍しい話ではない」
とのこと。ただし、日本のように定期的に異動させ、様々な職場をローテンションするような考え方は少ないようです。(この話は、自分の経験の範囲で書いているので、「一般的か」どうか、確かめようがないことをご容赦ください)
米国の企業にも人事部はありますが、社員採用支援、福利厚生、人権問題(パワハラ、セクハラ、人種差別)対策などが主な業務です。人事異動にタッチしていないのは、日本と同様なようです。
部長クラス以上の幹部社員が決める人事異動には、いくつかの問題点があります。
1)社員のことをよく知らない
2)社員を評価する能力を持っていないことがある
3)自部署の利益を優先する
これらの問題が潜在化すると会社として直接の損失を招くだけでなく、社員の可能性を奪うこともあります。
人の配置を決める「人事異動」は、マネージャーの業務として極めて重要な仕事です。しかしながら、マネージャーに対して労務管理と言われるような労働時間管理やパワハラ/セクハラなどの教育・研修は行われても、人の配置(人事異動)に関する教育・研修が行われることは、まずありません。その結果、上記3つの問題を抱えたまま、その部署、その会社の流儀に従った人事異動のパターンが出来てしまうことになります。
リーダーの能力の中で、「人を活用する能力」は、世の中の古今東西を問わず最も大切なものです。リーダーの質を高める中で、人の配置(異動)するノウハウやセンスをどう高めていくかが、会社として問われるところです。
人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり (中公新書ラクレ)
幹部は、社員のことをよく知らない
幹部社員が、部下にあたるすべての社員を知ることは不可能です。仕事や会議で接する機会は限られています。社員数の多い大企業の部長は、数人の課長は知っていても、その下の社員までは知らないということが多々あります。せいぜい課長や係長を通して知ることになります。よほど、自分から意図した行動をしなければ、部下の社員を知ることはできません。
怖いのは、部門の業績やグループの成果発表などで中途半端に部下のことを知っているだけなのに、全てを知っているような気になっていることです。部分的に知っているならまだましで、部分を見て全体を誤解しているケースもあります。
最近は、社員との家族を含めたプライベートな付き合いが減っていることもあり、私的な事情を知らないことが普通です。最も、転勤の辞令が出ても、家族帯同ではなく、単身赴任が当然のようになっています。
そんな、社員のことを知らないで行う人事異動は、人数の過不足を満足することができても、適材適所ということには、なりにくいものです。幹部社員の勘と度胸による「当たれば儲けもの的な人事異動」であることを覚悟しておくことになります。
幹部が、社員を評価する能力を持っていないことがある
人事異動を行う幹部社員すべてが、社員を正しく評価する力を持っているわけではありません。社員の現在の仕事ぶりの評価は、業績などから分かります。ところが、その人の持っている可能性(ポテンシャル)を判断するには、それなりの能力が必要です。例えば、技術系の仕事をしていた人を営業に異動させるとか、会社として未知の事業を始めるとかいったとき、その人材が新職場に「適用して活躍できるかどうか」を見抜く力が必要です。
ある企業の研究開発部門で、成果がでないだけでなく、セクハラやパワハラ、経理不正など問題が噴出したことがあります。そこで、トップダウンで人事を刷新するために研究所幹部に人事異動案を作成させました。ところが、さっぱり代わり映えがせず、トップを納得させる案になりません。
この会社の研究開発部門は、閉鎖的で長年研究開発部門から出たことがない社員ばかり。しかも、室長や部長の大半が、研究開発の実績でその地位を得た人達です。博士号や多くの特許を持っていて、技術者としては一流の人達です。ところが、人に関わるマネジメントに対する力ないと言うか、そもそも関心がありません。この会社では、他部門から
「うちの研究所は、技術的に優れていても、商売になるものが作れない」
と社内から陰口をたたかれていたそうですが、その理由が分かったような気がします。
結局、トップ自ら研究所の人事異動案を作ることになりました。
私は部長時代、自部署の人員配置(人事異動)を考えるために、他部署の部長と定期的に人事の会議をしていました。定期的に集まって、それそれの部署の人事異動案を仮想で作るのです。
「うちのSさんを○○の課長にしたいけど、どう思う?」
「お前の部の、Kさんを内の部で活用したいけど無理かな?」
こんな具合に互いに疑問を投げかけ、議論すると、思わぬ人材の発見がありました。注目していなかった人物を他部署の人間から高評価されているのを聞いて、見直したこともあります。この時、面白い発見をするのは、突拍子もない異動案です。
ある人が、博士号をもったバリバリの研究者について、
「彼を営業に異動させたら成果を上げるのでは」
と提案して、びっくりしたことがあります。その後、彼を実際に営業部へ異動させ成功した例がありました。
社員を可能性(ポテンシャル)を評価するには、自分の経験や他の人の考えをもとに想像する力が必要です。対象の社員を想定したポジションにつけたら、どんなことが期待できるか。どんなリスクがあるか想像します。そして、異動案にまとめるのです。絶妙な人事をするワンマン社長は、人事異動を決めるとき、
「この社員は、この部署で、こんな活躍をするはず。たとえ、うまく行かなくて、何とか切り抜ける方法を考える力がある。」
といったように、仮想のストーリーができています。そんなカリスマ的な能力がなければ、幹部が定期的に集まり、各部署の社員を見出したり、仮想のストーリーを作ることで、少しでも「不幸な人事異動」が減ることが期待できます。
自部署の利益を優先する
人事異動をしようと人材を探しても、「欲しい人材」には限りがあります。「欲しい人材」は、どの部署歓迎されます。逆に「好ましくない人材」は、どこの部署でも敬遠されます。
人事異動案を作る幹部社員が、会社全体の最適化を考えればいいのですが、どうしても自分部署の利益を優先したがるものです。
自分が部長時代、「欲しい人材」を獲得するために他部署の部長と交渉、「好ましくない人材」と抱き合わせの条件で異動させたこともあります。
新規事業を立ち上げるときや業務の改革を行うために部署を横断するようなプロジェクトが作られることがあります。プロジェクト成功の鍵は、人材が集められるかどうかです。各部署からエース級の人材を集めることが出来れば、プロジェクトは半分成功したようなものです。
「大きなプロジェクトは、トップが関与すべし」
よく経営指導では、こんな言い方がされます。優秀な人材を集めることができる最高実力者が、会社のトップ(社長)だからです。さすがにどの部長も、トップに逆らうことが出来ず、プロジェクトの求める人材を提供せざるを得なくなります。
ただし、トップもプロジェクトマネージャーも各部署の人材を知らないために、「人選は、各部署に人選を一任する」ケースでは、各部署のエゴが表面化することがあります。実力がなくても、「売り出したい人材」を推薦したり、エースを温存して「二番手」を出したりといったことです。
「部分最適ではなく、全体最適を優先すること」を人事異動を決める際には、肝に命じたいことです。
まとめ
企業の人事異動の多くは、部長以上の幹部社員で決められています。このやり方には、以下のような問題点があります。
1)社員のことをよく知らない
2)社員を評価する能力を持っていないことがある
3)自部署の利益を優先する
これらの問題が潜在化すると会社として直接の損失を招くだけでなく、社員の可能性を奪うことがあります。
幹部による人事異動を行う中で、これらの問題があることを常に考慮することが必要です。