「管理職になりたくない人」の増加から見えてくる、日本式「管理職昇格」の問題点
「管理職になりたくない人」の増加から見えてくる、日本式「管理職昇格」の問題点
日本式「管理職昇格」の問題点
「管理職になりたくない!」
今、そんな人が増えています。これまでは、管理職になることをキャリアにおける一つの目標として、出世を目指して働く人が多くいました。しかし、近年は「管理職になりたくない」という人が増えています。厚生労働省の調査「平成30年版 労働経済の分析」によれば、実に61.1%もの人が「管理職に昇進したいと思わない」と回答しています。
「管理職になりたくない」理由を訊ねたインターネットによる別のアンケートでは、
1位「責任が重い」(35%)
2位「労働時間が増える」(27%)
3位「割に合わない」(20%)
4位「管理職に向いていない」(14%)
5位「残業代がでない」(9%)
(男女500人複数回答)
(出典:株式会社ビズヒッツ:「管理職になりたくない理由ランキング」から作成)
といったことが挙がっています。評論家は、これら理由をまとめて「労働観の多様化」と片付けています。たしかにそんな面がありますが、その根本的な問題として、日本の学歴と年功序列制に基づく「管理職昇格」があります。それは、
1)昔より管理職になりにくい
2)管理職が多過ぎる、
3)管理職の多くが、プレーイングマネージャー
といったことです。年功序列制に従い大卒の「総合職」というだけの理由で、ある年齢に達するとほぼ自動的に管理職にしてきたのが今では通用しなくなっています。管理職になっても平社員と変わらない仕事。そして、仕事量や責任に見合わない処遇が、「管理職になりたくない人」を増やしているのではないかと考えます。
「管理職になりたくない」と多くの人が思うのは、今の「管理職」に魅力を感じないからかも知れません。勿論、多くの評論家が言うように、価値観の変化はあるでしょうが、日本式「管理職昇格」の行き詰まりが根底にあると考えます。
昔より管理職になりにくい
そもそも、会社や組織の理想的な管理職比率は、どの位でしょうか。参考になるのが、軍隊組織です。会社の統制方法の考え方(ライン&スタッフ)は、軍隊から来ています。陸軍では、将校(少尉以上の武官)、下士官(曹長・軍曹・伍長)、兵卒(兵長以下)の理想構成比は1対3対5といいます。これに従えば、管理職にあたる将校の比率は11%です。多くの国の陸軍の将校比率をみると様々ありますが、平時で20%前後、戦時で10%と想定している国が多いようです。組織としての統率機能で考えると管理者(将校)は、10%位ということです。
実際、日本の全産業を平均した管理職(課長+部長)比率は、労働政策研究・研修機構の「ユースフル労働統計 2021 労働統計加工指標集」によれば、約10%です。同じ資料によれば、課長持つ部下の数は、大企業で12人、中小企業で13.5人となっています。
これをモデル化すると、部長1名、課長3名、課長以下36人といったところでしょうか。この構成を今の職場と比較して、どう感じますか。会社の成長や縮小に合わせて、いくつかの例でシミュレーションをしてみます。
ケース1:(均衡)
例えば毎年10人を採用している会社で、全員辞めずに平均35年勤続するとしたら、従業員は350人になります。すると必要管理職は、35人(= 350 x 0.1)です。年功序列制で勤続15年目から管理職候補となるとすると、管理職候補は200人になります。これに対して管理職になれるのは35人ですから、17.5%の人が管理職になります。言い換えると6人に1人しか管理職になれません。
冒頭に挙げた「管理職になりたくない」のアンケート調査は、総合職、非総合職、男女すべて含んだものです。6人に1人しか管理職になれない現実を前に、60%以上の人が「管理職になりたくない」と答えるのは、不思議なことではありません。かなりの人が、「なりたくない」ではなく、「管理職になれない」現実を感じているのではないでしょうか。
さらに、最近の問題として、昔のように従業員数が増えないことが、より管理職になることを難しくしています。
ケース2:(拡大)
高度成長期をイメージして、毎年1人ずつ従業員の採用を増やしたとします。初年度は10人、翌年は11人、12人、13人・・・と採用してくと、35年で従業員は1540人になります。必要な管理職は154人。ケース1と同じく15年目以降の管理職候補が580人ですので、4人に1人(26.5%)が管理職になります。
つまり、従業員が増え続けている会社では、管理職になり易いのです。
ケース3:(縮小)
一方、会社が縮小しているケースを考えてみます。例えば、35年前から20年前まで毎年30人採用、19年前から10年前まで毎年20人採用、9年前から今年まで10人採用とすると従業員数は、780人になります。必要管理職は78人。管理職候補は、580人ですから、7人に1人(13.4%)しか管理職になれません。
ケース4:(完全ジョブ制)
完全ジョブ制にしたら、入社初年度からすべての人が管理職候補です。10%が管理職ですので、10人に1人となります。
つまり、会社が縮小していたり、年功序列をやめて完全ジョブ制であると、管理職になることは更に難しくなります。
大企業では、「管理職が多過ぎる」という実態
日本企業の全平均の管理職比率が、10%ということは必ずしも多いとは言えません。しかし、会社によっては「管理職の過剰感」があるのは事実です。特に大企業でその傾向が強いようです。(前述の「ユースフル労働統計」によれば、大企業の方が、管理職の部下数が少ないことを示しています。)
そう感じるのは、採用時に総合職と非総合職(技術職+事務職)という形で社員を分けていることにあります。役所であれば、キャリアとノンキャリアです。そして、
「管理職昇格人材は、ある年数を経た総合職から選ぶ」
というルールが生きています。(学歴+年功序列)制とでもいう日本的な制度です。
先ほど、ケース1として挙げた均衡型のシミュレーションにおいて、採用する人材の総合職対非総合職を1:2に仮定し、総合職優先の昇格制度を適用すると、総合職では2人に1人が昇格します。高度成長期をイメージしたケース2(拡大型)の毎年採用数が増えると総合職対非総合職が同じく1:2でも総合職は1.3人に1人が管理職になれます。
今の日本は、大学進学率が上がり、かつ工場や事務の省人化が進み、非総合職の比率が下がっています。製造業では、30年前は総合職と非総合職の比が1:5と言われていたのが、今は1:1位ではないでしょうか。しかし、実際の管理職昇格は、かつての感覚で総合職を管理職に昇格させ、その結果過剰感が生まれている実態があります。
パーソル総合研究所が日本の各業種を代表する大企業35社に対して行ったヒヤリングによる調査(「管理職の異動配置に関する実態調査」⦅2022⦆)の結果を図に示します。総合職であれば、いまでもかなりの比率で管理職に昇格させていることが分かります。
出典:パーソル総合研究所「管理職の異動配置に関する実態調査」(2022)
プレーイングマネージャーの管理職が多い
総合職を学歴と年功序列に従って管理職に昇格させた結果、管理職過剰が生まれます。しかし、必要とされるライン課長、ライン部長といったポストは、従業員に対して10%程度あれば十分です。すると、担当部長、副部長、担当課長、主任部員(課長)といった管理職資格のポジションを作ることになります。
実態として、管理職の資格をもつ人の比率が20%以上になっている会社が多くあります。こうなると管理職がマネジメントの仕事のみを行うことは無理です。実際には、プレーイングマネージャーとして、実務とマネジメントの両方をすることになります。総合職の多い職場では、管理職と部下が同数、あるいは部下無し管理職まで現れます。管理職が、平社員時代と同じ仕事をこなしながら、組織としての責任や業務もこなします。どうしても労働時間が長くなりがちです。それでいて、非組合という理由で、残業代が出ません。
こんな現実を見ていれば、「労働時間が多い」「割に合わない」「残業代がでない」ことが、「管理職になりたくない」理由の上位になることに納得します。
人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり (中公新書ラクレ)
まとめ
近年、「管理職になりたくない人」が増えています。その理由の根底には、日本の学歴と年功序列制に基づく総合職を優先した「管理職昇格」のやり方に問題があります。それは、
1)昔より管理職になりにくい
2)管理職が多過ぎる、
3)管理職の多くが、プレーイングマネージャー
といったことです。
大卒の「総合職」というだけの理由で、ある年齢に達するとほぼ自動的に管理職にしてきたのが今では通用しなくなっています。管理職になっても平社員と変わらず実務を行い、加えてマネジメントの仕事。それでいて、仕事量や責任に見合わない処遇が、若い世代に「管理職になりたくない人」を増やしているのではないでしょうか。