「ジョブ理論」から見えてくる必ずしも「安くて良いモノ」が売れない理由
「ジョブ理論」から見えてくる必ずしも「安くて良いモノ」が売れない理由
「安くて良いモノ」が売れない理由を説明できる「ジョブ理論」
「高性能で低価格の新商品なのに売れない!」
「積極的にPRをしていなのに不思議に売れ続けている商品」
モノやサービスを売ることは、難しいものです。高性能で安いからといって簡単に売れません。そうかと思うと、不思議に売れ続けているモノもあります。
モノやサービスをどう売るかを考えることをマーケティングと言います。マーケティングでは、「顧客のニーズをつかむことが大切である」と教えられます。ニーズとは、機能、価格、納期、利便性、デザイン、「わくわく感」等々において、顧客が必要とするもの、望むことです。売れるモノやサービスは、確かに顧客ニーズに合っています。ところが、このニーズには合っているのに、売れないモノやサービスがあります。それは、顧客に一般的なニーズでは表せない「買う理由」「買わない理由」があるからです。これを説明するのが「ジョブ理論」です。ジョブ理論では、表に出ないが
「顧客には、ジョブ(用事)がある。これを片付けるためにモノやサービスを買う」
という説明がされます。ジョブは、普通に市場調査をしても表にでてきません。丁寧に顧客の行動を観察し、顧客の声を聞いて初めて見つかります。顧客のジョブを見つけ、これに対応するモノやサービスは、やみくもな低価格競争や開発競争から逃れられます。
この記事は、ジョブ理論について、自分が体験した事例とクレイトン・クリスチャン著「ジョブ理論」を参考に紹介します。
ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム (ビジネスリーダー1万人が選ぶベストビジネス書トップポイント大賞第2位! ハーパーコリンズ・ノンフィクション)
ジョブ理論で説明できる売れなかった電子材料の例
私は、大金をかけて開発した新商品が売れず地獄を見た経験があります。画期的な新材料を開発し、それを半導体や液晶パネルを製造する電子機器メーカーに売り込みました。典型的なB to Bビジネスですから、性能が従来品より優れしかも価格も安いとなれば、「売れない訳がない」と考えていました。とろが、販売活動して1年たっても2年たっても受注ゼロです。そのうちに、「受注ゼロ」が噂になり、どこに行っても相手にされません。通常は、顧客の技術部や製造部から販売のアプローチをするのですが、行き詰って購買部門でPRしてみまた。なんといって、「高性能なのに安い製品」だから魅力的なはずです。
「こんな安く、しかも高性能な製品は大歓迎だ。品質管理部門で、この製品の品質承認を取ってくれませんか」
こう購買から期待通りの反応です。アドバイス通り、今度は品質管理部門に行きました。すると、
「この書類の山と、サンプルの山を見て下さい」
事務所には、開封、未開封の段ボールが乱雑に積まれ、いろいろなサンプルがはみ出ているのが見えます。そして、机の上は書類の山です。
「今、部品や材料の承認申請を受けているモノだけでも、1年分以上あります」
こう担当者は言います。
「お急ぎなら、製造部門か技術部門の『優先承認依頼』をもらってくだい」
これで、また技術部門に逆戻りです。
技術部門でいきさつを話すと
「今は、韓国S社に対抗できる微細化技術確立で精一杯。御社の製品は、良いかも知れませんが、そんなことに煩わされたくないのが本音です」
と断られたのです。会社に帰り、顧客である電子機器メーカーの本当のニーズは、現状の材料の高性能化ではなく、「回路の微細化である」と報告しました。すると開発者が、
「この材料は、電気抵抗が低く、微細化に貢献できますよ」
とポツリ。そこで、もう一度電子機器メーカーの技術部に行って
「この材料は、貴社製品の微細化に貢献できます」
とPRしてみました。すると、2年間相手にしてくれなかった材料を
「試しに使ってみたい」
との返事。「試み」ではあるにせよ買ってもらえた経験をしました。
我々は、相手の本当のニーズ(ジョブ)を知らずに、自分勝手に想像したニーズをPRしていたのです。その時、ジョブ理論を知っていれば、もっとうまく売れたのにと反省しています。
ジョブ理論とは
ジョブ理論は、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が発表したマーケティング理論です。「お客さんはどうしてその商品を買うのか」という観点から、お客さんの抱える潜在的なニーズを見出すことを主眼にして生まれました。
ジョブ理論では、顧客の持つ表面的なニーズ(〜が欲しい、〜をしたい)ではなく、顧客がその商品を利用する理由を基に、「表面的には出ていない真のニーズ」に注目しています。ごく簡単に言えば、
顧客が、どんなジョブ(用事)を片付けたくて、モノやサービスを買うかに注目した理論
ということになります。ここで、よくマーケティングで使われるニーズとジョブの違いを整理します。
ジョブ:顧客の具体的で切実な状況で生まれるもの
ニーズ:「何か食べたい」「健康でありたい」といった漠然としたものも含まれる顧客の欲求。解決策はいろいろある。
ジョブとは、顧客の切実な要求ですから、価格やデザインなどに影響されずに売れるものです。何かを購入するという表面的には同じ行動であっても、お客さん一人一人が持つジョブは全く異なっている場合があります。
先に上げた電子機器材料では、「高性能で安いこと」より、「手間のかからないこと」や「回路の微細化」の方が重要でした。製造担当者のジョブは「微細化した製品を作ること」であり、この要求に合った特性をPRすることで、いきなり使ってもらえることになったわけです。
表面的なニーズを重視する従来型のマーケティングとは異なり、ジョブ理論では、顧客一人一人の購買行動とその前後をくわしく観察し、「顧客は商品やサービスの利用を通じて、何を成し遂げたい(得たい)のか?」という視点が重要です。
働く主婦のジョブを把握した魚屋さんの例
近所に小さな魚屋さんがあります。店のすぐ近くは、スーパーマーケットです。いつ潰れてもおかしくないような魚屋さんが、20年以上営業しています。スーパーと比べて、値段は安くもなく特別な魚を扱っているわけでもありません。なのにどうして長年潰れずに営業が続けられるのか不思議に思っていました。
ジョブ理論を知ってから、この店を改めて観察してみたことがありました。
店は10時頃からやっているのですが、お客はほとんどいません。ところが、夕方4時頃になると急に客が増えるのです。5時から6時にかけてピークです。お刺身のパック、焼き魚、煮魚などそのままお膳に出せるものが売れています。店主に聞くと
「夕方、勤め帰りの主婦が、一品買っていく」
とのこと。そこで、店として刺身を作るのも、魚を焼くのも夕方に合わせていると言っていました。勤め帰りの主婦は、スーパーで時間をかけての買い物を嫌います。店先に並んだ刺身や焼き魚を1分もかからず買い、帰宅を急ぐのです。
この魚屋が駅近くに立地していて、帰宅をする人のルートにあたっている幸運がありそうですが、主婦たちの「早く夕飯の容易をしなくてはならない」というジョブに合っているのです。
魚は、冷凍やレトルトに馴染みにくい食材です。「食膳に魚を出したい」「とりあえず旦那に刺身とビールを出しておけば時間が稼げる」という主婦の思いにこの魚屋さんは、見事に答えていました。
まとめ
ジョブ理論において、モノやサービスを売るとは、
「顧客の持つやらねばならないジョブをモノやサービスで解決すること」
と定義できます。ジョブを解決することができるモノやサービスは、確実に売れます。ただし、顧客のジョブは表面的には見えにくいものです。顧客の行動を観察したり直接顧客の声を聞いて、初めてジョブは明らかになるものです。